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「リーグ上位・売上下位」を変えていく――。サンフレッチェ広島 営業部の悦喜裕也氏が地元クラブで挑むこと【30代キャリア】

転職が当たり前となった現在、30代というのは誰もが一つの転機と考える時期ではないだろうか?そこでHALF TIMEでは、スポーツビジネスの現場で核となり、さらに将来のキーパーソンともなり得る30代の方々に、これまでのキャリアと現職について伺う連載をスタート。外から見え辛いスポーツビジネスを、異業界からの転職者の声を通して伝えていく。第一回は、Jリーグ「オリジナル10」の一つでもある名門クラブ、サンフレッチェ広島でパートナー営業を担当する悦喜裕也(えき・ゆうや)氏。(聞き手はHALF TIME編集長の山中雄介)

Jリーグ「オリジナル10」の営業部

サンフレッチェ広島はJリーグ「オリジナル10」の一つでもある名門クラブだ。

――サンフレッチェ広島は言わずもがなJリーグ「オリジナル10」の一つで草分け的な存在、且つ3度のリーグ優勝を誇る強豪です。そのクラブの営業部というのは関心を集めますが、まずは現在の職務や活動を教えてください。

いわゆるパートナー企業への営業となり、既存パートナー企業への提案やフォロー、新規企業への提案、企業向けの年間指定席のセールスと、大きく三つの活動に分けられます。試合運営もしており、試合の前日・当日には看板の準備や試合会場の設営も行います。また企業様が当日来場される場合は、会場でご案内することも我々の役割ですね。セールスメニューの商談の際には、スタジアムにお越しいただいて、実際に試合の雰囲気を感じていただきながら商談をすることもあります。

――パートナー営業と一口に言っても、幅広い活動になりますね。

日々の活動としてパートナー企業に対して試合結果は勿論のこと、クラブの情報をお伝えしたり、企業様の直近の動きをお聞きしたりします。シーズン終盤の11月〜12月頃になれば、来年の継続についてのご提案をします。

こういった活動以外にも、新しい協賛メニューの考案や、既存パートナー企業とのアクティベーション案なども考えます。本当に多くの企業様にクラブを支えていただいており、各企業様のニーズにお応えできるよう日々活動をしています。

例えば、精米機では世界でも随一の企業であるサタケ様では、精米機は一般消費者の方に直接目に触れる機会が少ないので、サンフレッチェ広島を介して技術とサタケ様についてYouTubeで紹介させていただきました。オタフクソース様とは看板商品の「お好みソース」に使用される今年売り出し中のドライフルーツ「デーツ」のPRのため、アレンジメニューを選手が調理するという企画をしました。

その他では、今年からクラブのパートナーになっていただいたBtoBの企業様で、新卒採用において今まで少なかったスポーツをしている学生のエントリーが増加したという事例もありました。

――Jクラブはパートナー営業メンバーが多い傾向です。社内はどういった体制なのでしょうか。

組織としては営業部の他には主に、試合運営を行う運営、グッズ、チケット、広報があります。その他の部署ではプロモーション、総務、ホームタウンがあります。営業部は現在約10名のメンバーで、年齢層は20代が1名、30代が4名、残りが40代、50代となります。クラブ全体で見ても20代は若干名で、大多数が30歳以上。長期勤務されている方も多く、中には Jリーグ開幕から在籍している方もいらっしゃいますね。

リクルートからJクラブへ。異業界からのキャリアチェンジ

サンフレッチェ広島 営業部 悦喜裕也氏。

――キャリアについてお尋ねします。悦喜さんは現職に至るまで、どのような経歴を辿ってこられたのでしょうか?

まずは新卒で地元(広島)の一般企業に入社しました。大学が関西だった縁もあってか大阪支店に配属になりました。その後「広島に戻って地元に元気を与えられる仕事がしたい」と思い、リクルートがエリア限定の募集をしていたので転職しました。同社では学校法人に対して学生募集の広報・メディア支援などを行いました。在籍3年~5年で社員が「卒業」していく社風もあり、私もちょうど5年目を迎えるタイミングで、次のステップとしてJリーグクラブで働くことを考えたんです。クラブで働くというのは、中学生時代からの憧れだったので。

そして、2018年にサンフレッチェ広島が営業部職員の募集をしていたので応募したのですが、見事に面接で落ちました(苦笑)。丁度タイミングもよく応募しましたが、当時を思い返すと実力もなかったですし、「ずっと応援していた地元チームで働きたい」という浅い志望動機だったと思います。Jクラブの志望理由として「昔からのファンだから」、「地元のクラブだから」といった、ぼんやりとした志望理由になりがちなんです。私もそうでした。今振り返ると「何ができるか」や「どのように貢献できるか」という点が明確になっていなかったと思います。Jクラブでの「ロマンとソロバン」の両軸の重要性を痛感しました。

――その後、地元以外のクラブに目を向けられた形になります

1年ほど経ったある時たまたま立ち寄った本屋で「何かを始めるのに遅いことはない」という内容の本に出会い、「本当にやりたいことがあれば、今の場所に執着せず、場所を変えればできる可能性がある」という一節を見たんです。その時、自分は特定のクラブに固執しすぎていたんだと気付きました。

Jリーグクラブであれば他県にもある。視点を広げればチャンスがあるのではないかと思ったんです。そこでネットで検索すると偶然V・ファーレン長崎の募集を見つけました。これで駄目だったらJクラブで働くことは諦めようという覚悟で応募しました。それが29歳の時です。自分自身が「応援していたクラブで働きたい」のか「Jリーグのクラブで働きたい」のか、ありたい姿を描くことが重要だと考えたんです。

私は30歳前後が年齢的にもスポーツ業界への転職のラストチャンスだと思っていました。30歳前後になると所属する会社で管理職を目指すのか、他業界にチャレンジするのか、役職なしでの転職という点でも方向性を決めないといけないと考えました。正直、Jリーグクラブへの転職で、給料面で断念される方もいらっしゃると聞きます。

――V・ファーレン長崎はジャパネットグループに入り、多くの改革がなされてきたユニークなクラブです。惹かれた理由というのは?

以前から気になっているチームの一つで、サッカーを通して地域が盛り上がっているクラブでチャレンジしたいというのが理由です。素晴らしい社長(当時は髙田明氏)の下、たくさんのことを学び、大きな可能性を秘めているクラブで働きたいという気持ちで、チャレンジする価値は大いにあると思っていました。

どうしても受かりたかったので、日曜日の夕方に(広島から)長崎まで試合観戦に行き、現地でサポーターさんの声を集めたり、実際に見た気づきをまとめたりしました。帰宅したら日付が変わっていたこともありますね(笑)。そして、実現したい事業案について提案書を作成して面接に持っていったりと、とにかくできる準備をしました。今考えるとなんて偉そうにと思いますが、面接の際に現社長の髙田春奈さんにプレゼンさせていただいたんです。当時は髙田さんとは知らず、入社してから知りましたが(笑)。

――入念な準備の結果、晴れてJクラブへの転職が実現することになりますね。長崎ではどのようなご担当だったのでしょうか?

V・ファーレン長崎の募集は「事業担当」という求人でした。入社後ホームタウンの担当として半年程活動することになります。Jリーグの百年構想に「地域密着」というキーワードがあるように、V・ファーレン長崎でもホームタウンが非常に重要であると声を高らかに掲げていました。

商店街に立つのぼりが象徴的ですが、応援していただける商店街の皆さん、地域の皆さんを増やすという活動ですね。小学校や幼稚園を巡回して、コーチと一緒にサッカーをしたり体を動かす機会を作ったりもしました。長崎は、非常に多くのお子様からご高齢の方まで幅広く応援してくださる、温かさがあるクラブ・地域になっています。

収益を上げるための営業活動はもちろん大事ですが、応援をしてもらう人を一人でも多く増やすことがいかに大切かということは、非常に大きな学びでしたね。「サッカーで地域活性化」とはよく聞きますが、スタジアム周辺の商店街の試合当日の盛り上がりやクラブの話題が県民の皆様に元気を与えていることを肌で感じたことで、サッカーの可能性の大きさを改めて学びました。実は、ホームタウンの現場での経験が、(法人営業の)今、とても役に立っているんです。

これまでの経験を、現職に活かす

――その後、サンフレッチェ広島に移られたという経歴になりますね。

家庭の事情で広島に帰らなければいけなくなったのですが、タイミング良く以前サンフレッチェで面接いただいた当時の部長が私のことを覚えていていただき、再度面接をさせてもらいました。今回は、これまでの経験を基に具体的に貢献したいことを伝え、財務データ、来場者データから私なりに仮説を立てて打ち手を考え、どういう形で貢献ができるかということにフォーカスして話をしました。

――「転職組」として見える景色は、どのようなものですか?

外からの転職でやって来るメリットは、気づきが多いことです。様々な会社を経験してきたこともあり比較対象が多い分、一つ一つのことに疑問が湧いたり、もっとここを伸ばした方がいいのではと感じることがあります。もちろん良い部分に気づくこともたくさんあります。Jクラブでは、もっと新しいことが生まれるような部署を越えた会話、コミュニケーションが広がっていくと良いのではないかと思いますね。

例えばリクルート時代を例にあげると、当時私が学校をはじめとする教育機関の法人顧客を担当していたとき、社内の近くにブライダルの担当者がいました。ブライダル系の学科を持っている専門学校にその担当者と話に行くだけでも大きな価値になりますし、実際に協働につながることもありました。今あるものだけでなく、他の価値を用いて掛け算することで、新たな価値を作る可能性を秘めていると思います。

とはいえ、Jクラブでそういった関わりをなかなか増やすことができないのは、試合など緊急度の高い業務が多く、その業務を成功させることが第一に求められるからです。限られたリソースの中で新たな取り組みをする難しさがありますが、社内のスタッフも一人一人各部署で思いを持って日々仕事をされているので、その思いをお互いに理解し、関係の質を高め、部署を越えて新しいことや今の仕事をより良くしていけるようにできればいいですね。

――Jクラブの「可能性」にも言及されましたが、具体的にどういった好機がありますか。

サッカークラブが持つ影響力は、一般企業とは大きく異なると感じます。例えば、SNSの投稿一つとっても、拡散力や反応などが大きく、見る側の「感情」が動きやすい側面を持っています。だからこそ、まだまだやれることは多い。もっと地域密着の活動を行い、地域の皆さんとの心の距離を近づけ、日常会話に出てくるようなチームにしていきたいんです。多くのお客様に楽しんでもらえるコンテンツを用意し、パートナー企業にも価値をもっと還元できればと思います。

パートナー企業のサタケ様からは「当社には多くのサンフレッチェ広島のファンがおり、スタジアムで熱い応援をしています。今年度、当社がパートナー企業となりチームを支援することになったことで、さらに盛り上がりを見せています。社内でサッカーの話題が出ることも多くなりました。サンフレの活躍は、広島県民の誇り・喜びであり、有形無形に郷土への幅広い貢献につながっています」というお声もいただいています。このように、「サンフレッチェ広島を応援したい、応援してよかった」という企業様をもっと増やしていきたいですね。

一方で、多くのパートナー企業様とつながりたい、あるいは新しいチャレンジや事業を拡大していきたいと考えていても、お話しした通りリソースの問題が生じます。そこで、今回HALF TIMEさんと提携させて頂いた「複業スポンサー営業」の取り組みは新たな打ち手になるのではと考えています。

――「複業スポンサー営業」の実現まで奔走いただいたのも、悦喜さんでしたね(笑)。今回の新たな取り組みで期待していることは何でしょうか?

サンフレッチェ広島は、近年J1リーグでは上位争いをするクラブでありながら、2019年の売上規模はまだ12番目。ここに、もどかしさがあります。

そこで、広島県外の方にも応援してもらえる可能性を広げたいと思ったんです。広島にゆかりのある企業や経営者の方は多いと思いますし、実は、サンフレッチェ広島のサポーターは関東にも非常に多いんですよ。関東での試合では常に約2000名ほどのサポーターの方に来場いただいています。関東にお住まいの方でも、広島への愛や誇り、そして地元を感じたいという気持ちを持っていたりするので、そういった方々と一緒に盛り上げていきたいですね。

また、我々もそういった(複業スポンサー営業の)優秀な人材とチームを組むことで、営業活動以外でも学べることや、客観的な気づきを得られるのはないかと思っています。先程もお話しした通り、協業することで新たな価値が生まれることを期待しています。

実は、広島はテストマーケティングで結構使われるんです。 広島のほか、仙台や静岡などの地方中核都市は、人口が数十〜数百万人でスポーツチームが本拠地を構え、新幹線が止まるなどの条件が揃っています。1号店を広島に出店される全国区の企業や、広島で日本初展開をしている企業もあります。

こういったように企業のビジネス展開にクラブをどんどん使ってもらいたいと思いますし、都市圏・関東圏と地方都市を結ぶことには、大きなポテンシャルがあるのではないかと思います。

初出=「HALF TIMEマガジン」2020年9月14日公開記事
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