日本史

壬申の乱に勝利した大海人皇子が天武天皇となり始めた天皇親政時代とは?【日本史】
大化改新以来、三十年近く帝位に在った天智天皇(中大兄皇子)が病に倒れた時、大海人皇子(おおあまのおうじ)は「皇位は倭姫(やまとひめ)皇后に譲り、政治は大友皇子に任せればよい。私は出家する」と言い、吉野の山に向かいました。 […]

天皇の目前で中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺害!大化改新の真偽とは!?【日本史】
第三十五代皇極天皇四年、天皇家と度々衝突を繰り返す蘇我蝦夷(そがのえみし)・入鹿(いるか) 父子に対し、天皇中心の律令国家建設を目指す中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)が反発。宮中、天皇の […]

在位三十六年の推古天皇から五人七代の女帝が出現した理由とは?【日本史】
欽明天皇の死後、敏達(びだつ)、用明(ようめい)、崇峻(すしゅん)各天皇が皇位を継承しますが、崇峻天皇が蘇我馬子に暗殺されると順当な皇位継承者があったにも関わらず、敏達天皇の皇后炊屋姫(かしきやひめ)が第三十三代推古(す […]

聖徳太子が天皇中心の国造りに起ち上がった理由とは?【日本史】
継体(けいたい)天皇の嫡男、第二十九代欽明(きんめい)天皇代のこと。百済(くだら)聖明王が釈迦仏一体、経論若干巻を献上し、仏像礼拝の功徳を称えました。 すると天皇は「これほど微妙な法を聞いたことがない」と歓喜して群臣 […]

新技術導入の担い手となる応神天皇を支えた渡来人とは?【日本史】
第十五代応神(おうじん) 天皇代、四世紀〜五世紀の間のこと。大和朝廷は大和から河内に勢力範囲を拡大。本格的な中央政権として地方政権を圧倒するようになります。その力を象徴するのが巨大な前方後円墳でした。 奈良盆地の大和 […]

ヤマトタケルは一人ではない!?大和朝廷創業期に生田存在した若きプリンスたちとは?【日本史】
第十二代景行天皇代の事。天皇が九州南部の豪族熊襲(くまそ)を征伐し、大和に戻ると熊襲が再び背いたので日本武尊(やまとたける)を派遣。熊襲の長である川上梟帥(かわかみのたける)を討ちました。そして帰国途中、日本武尊は出雲建 […]

三輪山に出雲の神様、大国主命を祀ることが不自然な理由とは?【日本史】
第十代崇神(すじん)天皇代の事。疫病が流行して人口の半ばを失ったため、天皇が祭祀で疫病を治めようとしたところ、大物主大神(おおものぬしのみこと)(大国主命)が夢枕に現れ、「わが御前を祀(まつ)らしめよ」と伝えたので三輪山 […]

出雲大社のご神体は西方向、すなわち北九州を向いている理由とは!?【日本史】
従来より、出雲では銅剣銅矛(どうほこ)中心の九州文化と銅鐸(どうたく)中心の大和文化が混在していたのですが、ある日、突然終焉したと推測されています。荒神谷(こうじんだに)(出雲市)で大量の銅剣、銅鉾、銅鐸が整然と埋納され […]

日本最初の国を開いたと伝えられる神武東征説話の真偽とは?【日本史】
神武東征説話は、日向国(ひゅうがこく)(いまの宮崎県)の豪族イワレヒコが東の国へ攻め上がり、西日本を制圧し、大和国の橿原宮(かしはらのみや)にて初代天皇に即位。神武天皇となり、日本最初の国を開いたと伝えられる神話です。 […]

百花繚乱の勢い!邪馬台国の未だに決着が付かない重要な論争とは?【日本史】
鉄器が導入され、稲作が普及すると平等な縄文社会に貧富の差が生じ、支配する者とされる者に分かれます。また縄文社会同士でも差が生じ、強弱の差が出てきます。どれだけ鉄器を持っているか、どれだけ米が採れたか、で評価が決まるように […]

弥生時代に入り、稲作が急速に西日本一帯に普及した理由とは?【日本史】
縄文草創期以来、上昇し続けていた気温が縄文中期をピークにして下がり始めます。気候の寒冷化が顕著になり、少しずつ寒くなってきたのです。当然、植生も変わり、食料事情も厳しくなってきます。 その結果、人口が減少します。遺跡 […]