口に含まなくても、触っただけで危険が及ぶ鉱物もある
古代の人を脅かした毒は、野山の毒や海辺の毒だけではありませんでした。鉱物と噴出物の毒、水の毒もあったのです。鉱物の毒としては、暴露されると中毒症状を起こす鉛のいちばん重要な鉱石物質・方鉛鉱。剣状の結晶が重篤な食中毒を起こす輝安鉱。「賢者の石」と呼ばれるネーミングとは裏腹に、単一の鉱物では地球上で最強の毒性を持つといわれる辰砂(丹砂)は、水銀の主たる原鉱で加熱によって生じる水銀蒸気は死に至る毒気です。こうした鉱物は、直接には古代人を脅かさなかったでしょうが、火山活動によって噴出する硫化水素ガス(H2S)や亜硫酸ガス(二酸化硫黄:SO2)の恐怖がありました。これらは古代に限らず、現代でも危険なガスを吸い込んで死亡した事例がたくさんありますが、古代人は強烈な臭いや熱気が恐ろしく、火を噴く山に近づくのを躊躇ったかもしれません。
山が恐ろしいのは、ガスだけではありません。水の毒も恐ろしいものでした。日本は清澄な山水の国ですが、中には微生物や植物毒が溶け込んだ水、有毒な鉱水に汚染された水もあったのです。こうした水は、昔からの言い伝えで「毒水」「死水」と呼ばれていたといいます。有名な毒水が、「高野山の毒水」です。高野山深奥に流れる玉川という清流の水が毒水だというのです。高野山に金剛峯寺を開創した空海(774~835年)=弘法大師も、「わすれても汲みやしつらん旅人の高野の奥の玉川の水」と詠んで、この川の水は飲むなと注意を喚起しています。水の正体とはなんだったのでしょうか?その答えは大己貴命が知っています。
人にとっての重要な食べ物の一つに、栄養価の高いキノコがあったことは間違いないでしょう。とすれば、毒キノコを食してしばしば命を落とした仲間がいたことは疑問の余地はない。この恐怖は、日本では旧石器時代→プレ縄文時代(新石器時代)→縄文時代→弥生時代と経年しつつも続いていました。ですが、それでも人には「知恵」という武器がありました。命を落とすたびに経験した衝撃を部族の共通「知識」として蓄え、子孫にも伝えていったのです。きっと、こうした命と引き換えにしてきた知恵と知識は、人の発展の礎になってきたのでしょうね。
危険な鉱物の一例
美しくも憧れの鉱石などは牙を剥く毒物が含まれていることがある。上記のほかにも、胆礬、硫砒鉄鉱、雄黄など多くの危険鉱物があり、使い方によっては人体に重篤な作用をもたらす
出典:『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 化学の話』野村 義宏・澄田 夢久
【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解プレミアム 化学の話』
野村 義宏 監修・著/澄田 夢久 著
宇宙や地球に存在するあらゆる物質について知る学問が「化学」。人はその歴史の始めから、化学と出合うことで多くのことを学び、生活や技術を進歩・進化させてきました。ゆえに、身近な日常生活はもとより最新技術にかかわる不思議なことや疑問はすべて化学で解明できるのです。化学的な発見・発明の歴史から、生活日用品、衣食住、医学の進化までやさしく解明する1冊!
公開日:2023.09.26