「試合の感想は?」「寒いですねえ」
ラグビー界のレジェンド松尾雄治はネタの宝庫だ。
明大ラグビー部時代の逸話。先輩が後輩に「100%のジュースを持ってこい!」と命じた。すると、その後輩、何を考えたのか50%入りのジュースを2本買ってきて、「これを両方飲めば100%です」と言ったとか。
続いて目黒高時代の逸話。練習中に選手が倒れ、誰かが「おい、やかんだ!」と後輩に向かって叫んだ。
当時は倒れたり、脳震盪を起こした選手に対し、よくやかんの水をかけていた。
ところが後輩が持ってきたやかんには、肝心の水が入っていなかった。
「当時の目黒高校は、そんなヤツばっかりだったよ」
とりわけ面白いのがミスター(長嶋茂雄)ネタだ。
松尾がプレーイングマネジャーを務める新日鉄釜石が7連覇を果たした1985年1月15日の国立競技場。観戦に訪れていた長嶋に報道陣が殺到する。
「試合の感想は?」
「寒いですねえ」
ミスターは開口一番、そう答えた。見ればジャケット姿。コートを着るのを忘れて出かけてしまったようだ。
「キミは僕の弟のような気がする」
ミスターから直々にこう言われ、プロ入りを決断した選手がいる。巨人、西武、中日で活躍した鈴木康友だ。
奈良・天理高時代、“超高校級内野手”の評判をとっていた鈴木は、卒業後は早大に進む予定だった。
ところが、巨人にドラフトで指名され、ミスターが家にまでやってきた。そして先のセリフを口にしたのだ。
迎えた入団1年目のキャンプ。鈴木を見つけるなりミスターは言った。
「どうだノブヨシ、調子は?」
この年、巨人は鈴木伸良という選手もとっていた。どうも間違えてしまったらしい。
「1カ月ちょっと前までは“キミは僕の弟のような気がする”と言っていたのに。あれは何だったんでしょう」
まだある。広島から巨人に移籍したばかりの川口和久は、ブルペンで同じ移籍組の阿波野秀幸と並んで投球練習を行っていた。ベンチを飛び出したミスター、ブルペンを指さして叫んだ。
「ピッチャー、アワグチ!」
川口と阿波野は互いの顔を指さし、言った。
「おい、どっちなんだよ」
交代投手は川口だった。
「オレも阿波野も前の球団ではエース級なんだけどね。せめて名前ぐらいは……」
苦笑を浮かべて川口は語ったものだ。
浜の真砂は尽きるとも、ミスターの逸話は尽きない。
初出=週刊漫画ゴラク2024年2月23日発売号