なぜ「桃園の誓い」は創作なのに人々を惹きつけるのか【眠れなくなるほど面白い 図解 三国志】


劉備、関羽、張飛が登場 桃園で義兄弟の契りを結ぶ
立て札をじっと見つめていた一人の男。身の丈七尺五寸(中国の一尺は二三センチ)、肩まで垂れた両耳に両手が膝下まで届き、顔白く、紅をさしたような唇、まさに異体異貌の人であった。
姓は劉(りゅう)、名は備(び)、字(あざな)は玄徳(げんとく)。彼は前漢の中山靖(ちゅうざんせい)王劉勝の後裔で、景帝の玄孫だったが、このときの境遇は涿郡涿県でのしがない草鞋(わらじ)売り。
その草鞋売りが、立て札を食い入るように見つめて溜息をついた。
と、背後から破れ鐘のような大音声。「国家存亡の一大事に、溜息をつくとは何事か!」。声の持ち主は、身の丈八尺、頭は彪のごとくに真ん丸い目ん玉、顎には虎ヒゲをたくわえた偉丈夫だ。
名をたずねると、姓は張(ちょう)、名は飛(ひ)、字は翼徳(よくとく)。祖先代々、涿郡に住み、田地田畑を持ち、商いをしながら天下の豪傑と交わりを結んでいるという。
劉備も出自を述べ、「黄巾賊が国を荒らしまわっているというのに、民を救うべき力がない。それで溜息をついていたのだ」と嘆くと、張飛は「多少の財ならある。それで近隣の暴れ者を集めて、共に黄巾討伐の旗揚げをしようではないか!」と怪気炎で応じる。劉備も得たりや応、だ。
一瞬の呼吸が二人を惹きつけ合い、さっそく居酒屋で前祝いの酒盛りが始まる。そこに現れたのが、身の丈九尺、顎ヒゲの長さ二尺、熟した棗(なつめ)のような赤ら顔に紅唇、鳳凰の目に蚕が引っ付いたような眉、態度は威風凛々、まさに豪傑そのもの、雲を突く巨漢だ。
劉備は巨漢を招いて名を問うと、姓は関、名は羽、字は雲長(うんちょう)、河東郡解良県の出だが、ここには義勇軍に加わるためにやってきたという。
劉備も張飛との思いを打ち明けると、志が一つに重なった三人は大いに感奮し、「わが家の裏には桃園(とうえん)がある。いまが満開だ。明日、そこで天地の神々を祀て、われら三人、義兄弟の契りを結ぼうではないか!」と、張飛は熱血を滾たぎらすのである。
劉備や関羽に異存があろうはずはない。三人はさっそく翌日、桃園に供え物をととのえ、香を焚て天地神に再拝九拝、誓いの言葉を音吐朗々と唱和した。
「われら劉備、関羽、張飛は、姓を異にするとはいえ、ここに義兄弟の契りを結んだ。以後、三人は一心にて合力し、虐られし者を救い、危機に瀕した者を助け、上は国家に奉仕し、下は民に安寧を与えたい。われらは同年同月同日に生まれずといえども、共に同年同月同日に命を全うすることを願う。天神地祇の神々よ、われらが思いを御覧あれ……」
誓い終えると三人は、劉備を長兄、関羽を次兄、張飛を末弟と定めて痛飲し、機鋒を黄巾賊に向けて酔い痴れたのだった。
桃園の誓い
「われら同年同月同日に生まれずとも、願わくば同年同月同日に共に死なん」と皇天后土の神に誓い、三人は乱世に飛び出していく。
ただし、「桃園の誓い」は、『三国志演義』の虚構である。といっても、こうした印象的な場面を設定するほど三人の結びつきは強烈だったとも言えよう。
関羽、張飛のように、劉備と臣下の厚い関係は、趙雲(ちょううん)にも見られる草創期の特徴だ。劉備には強力な一族がいないため、臣下との強い信頼関係で結びつくことで、一種の一族代替作用を構築したと見られる。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 三国志』著:澄田 夢久 監修:渡邉 義浩
【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 三国志』
著:澄田 夢久 監修:渡邉 義浩
魏・蜀・呉、三国の興亡を描いた『三国志』には、「桃園の誓い」「三顧の礼」「出師の表」「泣いて馬謖を斬る」など心打つ名場面、また「水魚の交わり」「苦肉の策」「背水の陣」「髀肉の嘆」など名言や現代にも通じる格言も数多く登場する。
また、曹操、劉備、孫権、孔明、関羽、張飛、趙雲、周瑜、司馬懿など個性豊かで魅力的な登場人物に加え、官渡の戦い、赤壁の戦い、五丈原の戦い等、歴史上重要な合戦も多い。
英雄たちの激闘の系譜、名場面・名言が図解でコンパクトにすっきりわかる『三国志』の決定版!
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