義経を追いかけた女性の恨みが岩になった!?【眠れなくなるほど面白い 図解 北海道の話】

義経は北海道に逃れ神になった?

日本史では、源義経は兄の源頼朝に追われて奥州平泉に逃げた後、藤原泰衡の裏切りにより襲われ、自ら命を絶ったとされています。しかし、義経が密かに追っ手を逃れ、北海道(当時は蝦夷地)に渡ったという伝説も存在します。一説では、義経は津軽半島の北端、龍飛崎から北海道の福島に渡ったと言われ、実際に北海道には義経にまつわる伝説が残る場所が120カ所以上あります

例えば、日高地方の平取町には「義経神社」があります。この神社は、寛政10年(1798)に地元のアイヌの人々が「ハンガン(ホンカン)カムイ」という神を崇めていたことから始まりました。この神が義経の官職「判官」に関係すると考えられ、義経を祀る像が建てられたのが起源とされています。

また、積丹半島には義経にまつわる悲しい恋物語も残っています。地元の首長の娘チャレンカは義経に恋をしていましたが、義経が大陸へ旅立った後、彼を追いかけて神威岬までたどり着きます。しかし、そこで悲しみと悔しさから海に身を投げ、「神威岩」になったという言い伝えがあります。このため、神威岩の近くでは女性を乗せた船が転覆すると言われ、神威岬から東の沿岸は女人禁制の地とされてきました。今も神威岬の遊歩道「チャレンカの小道」には、「女人禁制の地」と書かれた鳥居型の門が立っています。

北海道の各地に残る義経伝説

アイヌに信仰された義経

義経の北行伝説は、北海道に逃げ延びた奥州藤原氏の残党により広まったという説のほか、かつて流刑地だった北海道で、流罪人の和人(主に本州の日本人)とアイヌの人々との交流の中で広まったという説もあります。

ただし、伝説が急速に広まったのは江戸時代になってからで、その背景には幕府の蝦夷地政策があったとも言われています。なお、義経が稚内や積丹半島などから大陸に渡り、ジンギスカンになったという伝説も有名ですが、現在は学術的に否定されています。

▲『大日本歴史錦絵』(国立国会図書館蔵)より「義經蝦夷渡之圖」。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 北海道の話』監修:和田 哲

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 北海道の話』
監修:和田 哲


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