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世界中で仏像が造られるようになった理由とは?

アレクサンドロス大王が野望に燃えていたから

初期の仏教美術では釈迦は菩提樹や法輪〈*〉で表され、直接、表現されることはありませんでした。尊い人を像に刻むのは畏れ多いと考えられていたからです。そうした古代インド人の心情を変えたのがアレクサンドロス大王(紀元4世紀後半)でした。アレクサンドロスは古代ギリシアの西のはずれにあったマケドニアの王です。彼はギリシアの覇権を握ると、父の代からの懸案だったペルシャ遠征を決行し、宿敵ダレイオス大王を討ちペルシャ帝国を滅ぼしました。

ギリシアの弱小国だったマケドニアが大帝国を倒しただけでも歴史的大事件でしたが、彼の野望はそれだけでは収まりませんでした。さらに遠征を続け、エジプトからインドに及ぶ巨大な地域を支配下に置いたのです。彼自身はインドの征服も考えていたようですが、将兵の反対のため断念し、30代の若さでバビロンで没しました。

彼は占領地の公用語をギリシア語とし、現地の文化とギリシア文化の融合を図りました。このためギリシア風の彫刻や建築が帝国のあちこちで作られました。その影響は仏教が広まったガンダーラなどの地域に及びました。そして、ギリシアの神像を模して仏像が造られるようになったのです。このため初期の仏像には眷属像の中にヘラクレスや有の飛天、ギリシアの女神風の鬼子母神などが見られることもあります。もしアレクサンドロスが野望に燃えてインドまで遠征を企てる人物でなかったら、仏像は誕生せず、日本の寺院の姿もずいぶん違ったものだったかもしれません。

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 仏教』
監修: 渋谷申博

イラストや図解を交えた61項目。はじめての人でも仏教の知識や教え、日本の文化がよくわかるエンターテインメント雑学本です。大人の学び直しにおススメ!  「お寺はもともと雨宿りする場所だった」「仏教教団が大きくなったのは、釈迦がシティボーイだったから」「お坊さんの袈裟は、もとはゴミ捨て場の布だった」など、驚きのエピソードや初耳学が満載。仏教って、こんなに楽しい!

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