白鵬「夢・心・運」。全勝優勝で引退【二宮清純 スポーツの嵐】

年寄「間垣」襲名
日本相撲協会は9月30日、東京・両国国技館で理事会を開き、史上最多、45度の幕内最高優勝を誇る第69代横綱・白鵬の引退、年寄「間垣」襲名を承認した。
ただし、協会は現役時代の数々の言動を問題視し、誓約書にサインを求めるなど異例の承認となった。今後は宮城野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。
名古屋場所での全勝優勝を最後に土俵を去った白鵬の好きな言葉は「夢」「心」そして「運」である。土俵入りで使う太刀にも、この3文字が刻まれている。
2010年秋場所で4場所連続全勝優勝を果たした際には、「自分は運がある人間です」と発言した。
白鵬が「運」という言葉にこだわるようになったきっかけは、大相撲入りの経緯にある。
白鵬の父親ジグジドゥ・ムンフフバトはメキシコ五輪レスリング重量級で銀メダル(モンゴル人初の五輪メダリスト)を獲得した“モンゴルの英雄”だが、少年の日の白鵬が興味を持ったのはレスリングではなく相撲だった。
「実はウチのオヤジが初代・若乃花さんと交流があったんです。ちょうどモンゴル出身の旭鷲山や旭天鵬が活躍していた頃。それをNHKの衛星放送でよく見ていました。僕も子供の頃は雪の上に円を描き、仲間たちと日本式の相撲をよくとっていました」
来日したのは15歳の時。自らが監修した『白鵬の脳内理論』(大庭大業著・ベースボールマガジン社)によれば、大阪のアマ相撲の強豪・摂津倉庫の土俵で相撲の基礎を教わりながら、6人の仲間たちとともに相撲部屋からのスカウトを待っていた。
しかし、待てど暮らせど声はかからない。当時の白鵬は体重が60キロそこそこしかなく、見込みなしと判断されたのだ。
いよいよ明日にもモンゴルに帰国しなければならないという日、手を差し伸べてくれたのが宮城野親方だった。
「入門したての頃は、一日に3回は泣いていました」
いつだったか、白鵬は私にそう語った。
「稽古がきつくて泣く。稽古が終わってから泣く。その夜、明日の稽古のことを思って泣く。モンゴルが恋しくなったこともありますけど、オヤジの顔に泥を塗るわけにはいかない。相撲で一人前になるまでは、帰れなかったですね」
今はモンゴルに帰ると、逆に日本が恋しくなるという。
「早くみそ汁が飲みたくなるんです。日本人を実感する瞬間ですね」
名横綱は名伯楽になれるのか……。
(初出=週刊漫画ゴラク2021年10月15日発売号)
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