今も漂う気品
7月26日(現地時間)に開会式が行われたパリ五輪。注目された聖火リレーの最終ランナーは男子が柔道100キロ超級のテディ・リネール、女子が元陸上短距離のマリー・ジョゼ・ペレクだった。
リネールはカリブ海に浮かぶリーワード諸島・グアドループ島の出身。島はフランスの海外県で、5歳でフランスに移り住んだ。
五輪では2012年ロンドン大会(100キロ超級)、16年リオデジャネイロ大会(同)、20年東京大会(混合団体)で3つの金メダルを獲得。パリで2つの金メダル(100キロ超級、混合団体)を追加した
もうひとりのペレクもグアドループ島の出身。海外県から海を越えてやってきた2人のレジェンドが聖火台にトーチをかざすと、台は気球のように、ゆっくりとパリの夜空に舞い上がっていった。
ペレクは92年バルセロナ大会の400メートルで金、96年アトランタ大会では200メートルと400メートルで2冠を達成している。
時を経て、「世界で最も美しい」と呼ばれたアスリートと画面越しに“再会”できるとは……。
ラ・ガゼル(カモシカ)。
それがペレクのニックネームだった。
ペレクを初めてナマで見たのは、95年8月、スウェーデンのイェーテボリで行なわれた陸上の世界選手権。
女子400メートル決勝。彼女は名前がコールされる直前、しなやかな腰に手を置いたまま、ほんの一瞬、目を閉じた。
続いてスターティング・ブロックに足をかけ、腰を上げると、足首の腱がツンと立った。目を凝らすと腱の脇の窪みは、まるでのみで削ったように深くえぐられていた。静止した状態のペレクは、彼女自身が一体の彫刻のようにも感じられた。
走り始めると、彼女の肉体は躍動し、野生のカモシカと化した。
400メートルをトップの49秒28で駆け抜け、金メダルを胸に飾った。
後にも先にもない体験をしたのは、その直後である。甘い香水の匂いがスタジアムの風に溶け、しばしの間、私たちは残り香の余韻に浸ったのだった。
180センチ近い長身で、抜群のスタイルを誇るペレクはファッションモデルもしており、お気に入りの香水を身に付けてレースに臨む習慣があることを知ったのは、随分、後になってからである。
ペレクマニアになるのに時間はかからなかった。56歳になった今も、気品を漂わせていた。
初出=週刊漫画ゴラク2024年8月23日発売号