安青錦、大関昇進。相撲と戦火の祖国【二宮清純 スポーツの嵐】

初来日時は15歳
1年の納めの場所となる大相撲・九州場所。千秋楽は優勝決定戦の末、関脇・安青錦(本名ダニーロ・ヤブグシシン)が横綱・豊昇龍を下し、初優勝を飾った。
ウクライナ西部のまちヴィーンヌィツャ出身。7歳で相撲を始め、並行してレスリングにも打ち込んだ。17歳の時には、レスリングの国内大会で優勝(110キロ級)も果たしている。
初来日は2019年10月、大阪・堺市で開催された世界ジュニア相撲選手権。この大会で15歳のダニーロ少年は3位に入賞した。
この時に知り合ったのが、関西大相撲部に所属していた山中新大さん。安青錦新大という名前は、彼からもらった。
ダニーロ少年の強さに驚いた山中さんは「キミ強いね、何歳?」と声をかけた。これをきっかけに交流が始まった。
ロシアがウクライナに侵攻を始めたのが、この2年4カ月後の22年2月。ウクライナはすぐさま18歳以上の男性に、出国制限を課した。兵力を確保するためだ。
ダニーロ少年は、この時17歳。力士への夢をかなえるべく、少年は山中さんに「日本に避難できないか」と助けを求めてきた。
幸運にも日本の土を踏むことのできた少年は、山中さんの家に下宿し、関大相撲部で部員たちとともに汗を流した。
23年7月、安治川部屋に入門。初土俵から9場所での新入幕は、幕下付け出しデビューした力士を除くと史上最速タイのスピード出世だった。
安青錦の勢いは止まらない。25年秋場所には小結、九州場所には関脇昇進。冒頭で書いたように12勝3敗で初優勝を果たし、大関昇進を決めたのである。
決定戦で豊昇龍を送り投げで下した一番は、後世に語り継がれるものだ。
「一発目をしっかり当たる」
正面からぶつかり、しぶとく横綱にくらいつく。くらいついたら離さない。引いた豊昇龍は、不覚にも背後をとられ、自ら土俵にひざを突いた。
この一番を84年ロサンゼルス五輪レスリング・フリースタイル金メダリストの富山英明さんは、どう見たか。
「あの踏み込みの速さはタックルで培ったものかな。あれだけ踏み込みが鋭いと相手は引かざるを得ない。持ち前の低い前傾姿勢は腹筋、背筋が強い証拠。目付きもいい。まだまだ強くなるよ」
国花であるひまわりをあしらった化粧まわしは、米国人芸術家キース・ヘリングの作品をモチーフにしたものだ。戦火にさらされる祖国への思いを表している。
初出=週刊漫画ゴラク12月12日発売号







