75年の長嶋茂雄。最下位でも人気【二宮清純 スポーツの嵐】

「クリーン・ベースボール」
巨人は1936年にプロ野球のリーグ戦がスタートして以来、最下位は今から50年前の75年の1度だけだ。監督は74年限りで引退し、この年に就任したばかりの長嶋茂雄だった。
巨人の戦績は47勝76敗7分け、勝率3割8分2厘。球団創設以来初優勝を果たした広島から27ゲームもの大差をつけられた。しかも、全球団に負け越しというオマケ付き。「球界の盟主」を自任する巨人にとっては、球団史に残る汚点である。
これだけ負けが込めば、球場から客足が遠のくのが普通だが、不思議なことに、この年、巨人の主催試合には、球団史上最多(当時)となる283万3500人の観客が詰めかけた。
参考までに紹介すれば、Ⅴ9(1965~73年)で最も観客動員数が多かったのは、73年の276万5000人。それよりも6万8500人も多かったのだから、誰もが驚いた。
これはミスター人気以外のなにものでもなかった。最下位でも支持された監督は、後にも先にも長嶋くらいのものだろう。
今にして思う。長嶋が就任と同時に掲げた「クリーン・ベースボール」は、あまりにも意味深長ではなかったか。
穿った見方をすれば、前任の川上哲治の野球は、ダーティーとは言わないまでも、クリーンではなかったということである。川上が「オレが今までやってきた野球は“汚い”とでもいうのか」と怒りをぶちまけたという話もあるが、それも当然だろう。
長嶋が川上野球を否定したのは、川上が長嶋内閣に推薦したⅤ9時代の参謀・牧野茂の入閣を拒否したことでも明らかである。
策士として知られる牧野は、野球における兵法書とも言える『ドジャースの戦法』を熟読し、事実上のヘッドコーチとして権謀術数を駆使した。
長嶋の牧野入閣拒否は、川上野球を継承しないことを、内外に宣言するようなものだった。
ところで長嶋が巨人軍監督に正式に就任したのが74年11月21日。政治の世界では、程なくして“金権政治”の田中角栄内閣が倒れ、ライバルの三木武夫が跡を襲った。
新内閣の標語は「クリーン内閣」。三木は「清潔で偽りのない政治」を基本姿勢に掲げた。
1975年といえば、戦後30年。右肩上がりの経済成長も一段落し、人々は社会の公平性や男女格差の是正を求め始めた。そんな時代だからこそ、「クリーン」という言葉が好感をもって人々に迎えられたのである。
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