30歳の羽生結弦。氷上に立つ菩薩【二宮清純 スポーツの嵐】

昨年12月7日、30歳に
「自分が幼い頃からずっと思っていた30代というものと、今現在、自分が感じている体の感覚や精神状態を含めると、全然、想像と違っていると感じます」
昨年12月7日、プロフィギュアスケーターの羽生結弦は30歳になった。
当日、アイスショーを行った「さいたまスーパーアリーナ」では、1万4000人の観客から「ハッピー・バースデー」コールが起きた。
3月には東日本大震災の被災者に希望を届ける3回目の「notte stellata」が控えている。
プロ転向以降の羽生の演技は、競技会の縛りから解き放たれたことで、より独創性と神秘性が増しているように思われる。
今回のツアータイトルは「Echoes of Life」。すなわち「命の鳴動」である。
その意図を、本人は、こう語っていた。
「自分は小さい頃から生命倫理について考え、それを大学で履修する中、生きるということの哲学についてすごく興味を持ちました。そこからずっと、自分の中でぐるぐるとしていた思考や理論を勉強し直しました」
プロ転向後、羽生は自らの「滑り」に、「語り」と「祈り」、そして「悟り」の色を、より強くにじませるようになった。
プロジェクションマッピングを駆使した演出も、彼のパフォーマンスとは相性がいいようで、フィギュアスケートという概念の壁を、完全に打ち破った感がある。
これは埼玉公演でのワンシーン。羽生が鋭くターンした瞬間、氷の断片が宙を舞い、スポットライトを浴びて、その断片は“氷の華”と化した。
これが競技会だと、いくら“氷の華”に魅了されたといっても得点にはならない。しかし、ここは羽生ワールドなのだ。彼が創り出す幻想的な空間においては、氷上での全ての事象が、記憶に刻み込まれ、長い年月を経て、それらは“心の財産”となる。
見逃してならないのは、極上のパフォーマンスを支える羽生の筋力だ。スケートシューズのエッジの側面で氷を掴み、強くブレーキをかけないことには、“氷の華”は咲かせられない。
本人も語っているように、ここにきて羽生はトレーニングのボリュームを増やし、クオリティーを、さらに高めている。そうした行為は、さながら修行のように映る。
果たしてこの先、羽生結弦はどこへ向かうのか。自らの内面と対話し続ける30歳は、“氷上の菩薩”のようですらある。
初出=週刊漫画ゴラク2025年1月17日発売号
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