井上尚弥逆転KO!ラスベガスの狂熱【二宮清純 スポーツの嵐】

 ただ倒すのではなく、相手にも一度見せ場を用意してやるのだから、やはり千両役者である。

 さる5月4日(米国時間)、米ラスベガス。世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥は、挑戦者のWBA世界同級1位のラモン・カルデナス(米国)を8回TKOで下し、4度目の4団体統一王座防衛に成功した。

 井上はこの勝利で世界戦KO勝利数を23とし、“褐色の爆撃機”と呼ばれた伝説の世界ヘビー級王者ジョー・ルイスが持っていた記録を77年ぶりに塗り替えた。

 それにしても、ジョー・ルイスが生涯を閉じたラスベガスの地で、故人の記録を更新するとは……。何やら運命めいたものを感じずにはいられない。

 観ていて、思わず声が出たのは2ラウンドだ。残り20秒を切ったところで繰り出した井上の左フックは空を斬り、お返しとばかりのカルデナスの左フックが、チャンピオンの顔面をとらえた。

 尻もちをつくようにダウン。キャンバスにひざをついてレフェリーのカウントを待つ井上は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。

 プロ初のダウンをくらったルイス・ネリ戦は1ラウンド。そして、今回は2ラウンド。共通して言えるのは、パンチの軌道を把握する前に起きた“事故”だというとこだ。気にすることはないが、今後、立ち上がりには注意すべきだろう。

 しかし、想定外のダウンが逆に井上のファイターとしての本能に火をつけたようだ。

 3ラウンド以降、井上は再びペースを取り戻す。挑戦者の固いガードを割るように左ジャブ、ワンツーを突き刺し、ロープを背負わせると内臓を抉るような左ボディブローで、動きを止めた。

 こうなると、あとは、どこで仕留めるかだ。7ラウンドには連打からの右ストレートで、ダウンを奪い返した。そして迎えた8ラウンド、右ストレート、右アッパーで挑戦者をぐらつかせ、コーナーに詰めて滅多打ちにした。

 終わってみれば8ラウンド45秒TKO勝ち。軽量級離れの“殴り合い”を制したのは、やはりモンスターだった。

 試合後、井上は「大きな会場は僕に合わないのかな」と冗談めかして言った。最初のダウンは4万3000人収容の東京ドーム。2度目はボクシングの本場ラスベガスのリングだったからだ。

 9月に名古屋でウズベキスタン人の挑戦を退ければ、12月にはサウジアラビアでの防衛戦に臨む。中東での世界戦は日本人初だ。未知の舞台には極上のドラマが待っている。

初出=週刊漫画ゴラク2025年5月23日発売号

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