井上尚弥完封勝利。衰え知らずの32歳【二宮清純 スポーツの嵐】

「キャリアで最強の選手」を相手に

 傷ひとつない顔での勝利者インタビュー。マイクを手にした井上尚弥は、観客に向かってこう声を張り上げた。

「アウトボクシングもいけるでしょう? 誰が衰えたって? 誰が衰えたって?」

 耳に手を当てるパフォーマンスで1万6000人の観客を魅了した。

 いやはや千両役者である。

 9月14日、名古屋IGアリーナ。世界スーパーバンタム級4団体統一王者の井上は、WBA世界同級暫定王者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)に判定勝ちを収め、統一王座5度目の防衛に成功するとともに、世界タイとなる世界戦26連勝を飾った。

 KO率90%という強打を誇る井上にしては珍しく、試合前から「今回は判定決着でもいいんじゃないかと思っている」と慎重な言い回しに終始した。

 それは陣営がアフマダリエフを「キャリアで最強の選手」(大橋秀行会長)と警戒していたことに加え、前戦の反省があったからだろう。

 5月4日(現地時間)、米国ラスベガスでのラモン・カルデナス(米国)戦で、井上はまさかのダウンを喫した。2ラウンド、左フックが空を斬ったところへ、お返しの左フックを合わせられた。パンチの軌道を把握する前に起きたアクシデントだった。

 だが、この想定外のダウンが、本来、負けん気の強い井上の闘争心に薪をくべた。

 3ラウンド以降はワンサイド。最後はカルデナスをコーナーに詰めて滅多打ちし、8ラウンドTKOで勝利した。

 ボクシングの試合で逆転KOほど面白いものはない。だが同時にこれは大きなリスクをはらむ。もしカルデナスが強打の持ち主なら、試合はどうなっていたかわからない。

 この試合が、ある意味、いいクスリになったのだろう。前半からポイントを積み重ねた井上は、アフマダリエフの「来い! 来い!」という挑発にも乗らず、「12ラウンドをフルに戦う」という事前のファイトプラン通りに冷静に試合を進めた。運動量は最後まで落ちなかった。

 その結果が3対0の判定勝ちである。アフマダリエフは、16年のリオデジャネイロ五輪(バンタム級)で銅メダルを胸に飾っただけあって、テクニックに秀でたハイスペックなボクサーだった。並のボクサーなら、腹をおさえて、マウスピースを吐き出したであろう井上のボディーブローにも音を上げなかった。

 そんなタフガイでも、モンスターの前では、なすすべもなかった。32歳になった今も、井上に衰えの兆しは、微塵も感じられない。

初出=週刊漫画ゴラク10月3日発売号

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