内藤大助「秒殺」。屈辱から頂点へ【二宮清純 スポーツの嵐】

1ラウンド34秒での屈辱
ボクシング世界戦の最短KO記録は、2017年11月18日(現地時間)、WBO世界バンタム級王者のゾラニ・テテ(南アフリカ)がマークした1ラウンド11秒である。
倒された挑戦者も、同じ南アフリカのシボニソ・ゴニャ。開始早々、テテの右フック一発でキャンバスに沈んだ。
大の字に倒れたまま、ピクリともしないゴニャ。失神状態と判断したレフェリーは、カウントの途中で大きく両手を広げ、試合を止めた。あまりにも早い幕切れに、観客は狐につままれたような表情を浮かべていた。
日本人では、02年4月19日、内藤大助がポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)の持つWBC世界フライ級王座に挑戦した際、1ラウンド34秒で倒された記録が最短である。
「最初に世界戦の話を聞いた時は“何言ってるんだ”と思いましたよ。“無理に決まってるじゃん”ともね」
内藤が、そう振り返るのも無理はない。ここまでのポンサクレックの戦績は43勝2敗。KO率53%は、フライ級としては破格だ。
しかも敵地(タイのコンケン)。ボクシングの世界では「挑戦者がアウェーで勝つにはKOしかない」という不文律がある。
「タイでは炎天下でパレードまでやらされたんですよ。あの日はダブルタイトルマッチだった。チャレンジャーは僕とフィリピンの選手。同じ車に乗せられて、こちらは減量でヘトヘトなのに、沿道の人に向かって手まで振らされた。おまけにポンサクレックとは同じ車に乗せられているので“ナイトウ、ナイトウ”と話しかけてくる。もう試合前からぐったりでしたよ」
世界初挑戦の内藤は、1ラウンドのゴングが鳴るなり突っかけた。やや変則的なスタイルから左ジャブを飛ばし、ボディに右ストレートを突き刺した。
ところが、いきなり内藤の姿が画面から消える。接近戦で放ったチャンピオンの左フックが、内藤の顔面をとらえたのだ。
レフェリーはカウントを取りながら内藤の顔をのぞき込み、そのままカウントアウトした。絵に描いたようなワンパンチKOだった。
「ポンサクレック? いやあ強いも何も秒殺でしたから、よく覚えていないんですよ」
帰国すると、ネットの掲示板に立つ「日本の恥」なるスレッドが目に飛び込んできた。
だが、内藤はここから立ち上がる。07年7月18日、3度目の挑戦にしてポンサクレックを判定で下し、夢だったWBCの緑のベルトを腰に巻いたのである。
初出=週刊漫画ゴラク12月5日発売号







