村上雅則が歌ったスキヤキ・ソング【二宮清純 スポーツの嵐】

【プロ野球ヤクルト対DeNA】 始球式で投球する村上雅則氏 =神宮球場(撮影・長尾みなみ) 【プロ野球ヤクルト対DeNA】 始球式で投球する村上雅則氏 =神宮球場(撮影・長尾みなみ)

日本人メジャーリーガー第1号

 年が明け、ポスティングによるMLB挑戦を表明していた3人の大物日本人選手の移籍先が決まった。

 ヤクルトからホワイトソックスへの移籍が決まった村上宗隆を皮切りに、元西武の今井達也はアストロズ、元巨人の岡本和真はブルージェイズ。順当なら今シーズンは、人の日本人選手がMLBでプレーすることになる。

「この前、言われたんだよ。“日本人メジャーリーガーの第1号は野茂英雄さんですね”って。しかもオレの生まれ故郷の山梨でだよ。これはショックだったなァ」

 冗談とも本音ともつかぬ口ぶりでこう語ったのは、正真正銘の“第1号”村上雅則だ。米国ではマッシーの愛称で親しまれた。

 村上がジャイアンツのユニホームに袖を通し、初めてMLBのマウンドに上がったのは1964年9月1日(現地時間)。今から62年も前のことだ。

 私はまだ4歳だから、この歴史的瞬間は覚えていない。しかし、66年に古巣の南海に復帰した時のことは何となく覚えている。

 村上がMLBで活躍した64年と65年、日本のテレビは、ニュース以外ほとんど彼の活躍を伝えていないはずである。いつ投げるかわからないリリーフ投手ゆえ仕方がないとはいえ、MLBのニュースであふれ返る今とでは隔世の感がある。

 初登板はメッツの本拠地シェイ・スタジアム。エクスパンションにより62年に創設された新興チームだ。

 8回、コーチから「行くぞ!」と指示が出た。村上は緊張を解きほぐすため、あるメロディーを口ずさみながらマウンドに向かった。

 61年にリリースされ、村上が渡米する前年の63年に米国でも大ヒットした坂本九の「上を向いて歩こう」(永六輔作詞、中村八大作曲)である。

 この歌は米国では「スキヤキ・ソング」として親しまれ、坂本九は外国人として初めてゴールドディスク賞を受賞している。

 それにしても、なぜ「上を向いて歩こう」だったのか。

 村上は語った。

「自分としては、地に足がつかない、とか、そんなことはなかった。比較的落ち着いていたと思うよ。しかし、無意識のうちにメロディーを口ずさんだのは、“上がっちゃいかんぞ”という思いがあったのかな。それと“オレは日本人だ”という意識も、心のどこかにあったのかもしれないな」

 結果は三振、中前打、三振、遊ゴロで1回無失点。日本人メジャーリーガーの物語は、ここから始まったのである。

初出=週刊漫画ゴラク1月30日発売号

この記事のCategory

求人情報

インフォテキストが入ります