日本男子7人目の3階級制覇
かわいい子には旅をさせよ――という格言がある。
「子供は、甘やかして育てるより、手許からはなしてつらい経験をさせ、世の中の辛苦をなめさせた方がよい」(広辞苑)
それを地で行くのが、さる2月24日、東京・両国国技館で、WBC世界バンタム級王者のアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)を下し、日本男子7人目の3階級制覇を達成した中谷潤人だ。
自らより13センチも背の低い王者相手に、どんなボクシングを展開するのか。苦戦を予想する声もあったが、いつもよりスタンスを広くとり、低い姿勢で構えた中谷は、出ばなでメキシコ人を迎撃し、6回TKOで仕留めた。
勝負を決めたのは、長槍のような左ストレート。スイングが速く、軌道がブレない。これを避けるのは困難だろう。
これで27戦27勝(20KO)。まだ負け知らずだ。
高校、大学で実績を積み重ねてからプロ入りするボクサーが多い中、中谷は大胆な行動に出た。中学卒業と同時に渡米し、現地でトレーニングを積みながら17歳でプロデビューを果たした。
――不安はなかったのか?
「中には“アマチュアのキャリアを積んでからプロになっても遅くないんじゃないの”という人もいました。でも僕には“プロの世界チャンピオンになりたい”という夢があった。特に不安も持たず、何もわからないままにアメリカに行ってしまったという感じです」
何かに挑戦するにあたり、ネガティブな材料をあげ始めたらきりがない。まずは、やってみる。それでダメなら、また次の手を考える――。
このように、前向きにコトを進める者には、自ずと協力者が集まってくる。現在、中谷のトレーナーを務めるルディ・エルナンデスも、そのひとりだ。
「ある人の紹介でルディさんにお会いし、“世界チャンピオンになりたいんです”と告げると“よし、来い!”と。それでルディさんの父親の家にホームステイさせてもらうことになったんです」
ルディには、ボクシングの基本から、戦術、戦略の練り方までイロハを徹底して教わった。素人同然の中谷には、妙なクセもついていなかった。
それが幸いした。22歳で世界王者となり、26歳で世界3階級王者に。秘めたポテンシャルは、未だに底が見えない。
第16代米国大統領エイブラハム・リンカーンの名言を思い出す。
「意志あるところに道は開ける」
悩む前に、動け――。
初出=週刊漫画ゴラク2024年3月15日発売号