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賭博で日プロ追放。怪力豊登とM資金【二宮清純 スポーツの嵐】

Text:二宮清純

「カポンカポン」の人

 戦後最大のヒーローである力道山が、暴力団員に刺された腹部の傷が原因で落命したのは、今から61年前の1963年12月15日のことだ。

 享年39。早過ぎる英雄の死を受け、日本プロレスの2代目社長兼エースレスラーとなったのが、今回の主人公・豊登だ。

 私たちの世代にとっての豊登は「カポンカポン」の人である。ずんぐりした体型の豊登は、リングに上がるなり腕を交差させた。すると脇の下で「カポンカポン」と威勢のいい音が鳴るのだ。

 これは、いわば力自慢のデモンストレーションだった。ケンカ自慢が相手の前で指の関節をポキポキ鳴らすのと同じである。

 力道山を始祖とする日本のプロレスは、70年を超える歴史を誇るが、ことパワーだけなら豊登の右に出るものはいないだろう。しかし、スター性はゼロ。パワーファイターといっても、持ち技はさば折りと逆エビ固めくらいで、グラウンドレスリングはほとんど見た記憶がない。

 日本プロレスを追放されたのは、会社のカネの不正流用、すなわち使い込みが原因だった。今でいうところの“ギャンブル依存症”で競馬、競艇、競輪に加え、非合法賭博にも手を出していた。

 これは今から35年前の話。ストロング小林を取材していた時のことだ。その最中、東京・青梅の彼の自宅に電話がかかってきた。

「M資金、それ何ですか?」

「1000万円、そんなカネありませんよ」

 断片的に先方とのやり取りが漏れてきた。しばらくして、浮かぬ顔をした小林が戻ってきた。

「どなたですか?」

「いや豊さんなんだけど、1000万ほど投資してくれたら、2倍、3倍にして戻すというんだよ。どう思う?」

「いや、それは怪しい。お断りした方がいいですよ」

 言うまでもなくM資金とはGHQが占領下の日本で接収したとされる隠し財産のことで、たびたび詐欺の手口として利用されてきた。

 豊登なら、過去の行状からしてさもありなん、と思う一方で、行く末が心配になったものだ。カネに困っていたのかもしれない。

 69年5月18日、その2年前に国際プロレスに入団した豊登は小林と組み、パリで初代IWA世界タッグ王座に就いている。その時の相手がイワン・ストロゴフとモンスター・ロシモフ、後のアンドレ・ザ・ジャイアントだ。

 豊登と小林、日本が誇る“怪力コンビ”はパリの人々を驚かせた。今から55年も前の話である。

初出=週刊漫画ゴラク2024年11月29日発売号

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