馬に乗ること51年5カ月
競馬には農林水産省の監督の下、JRA(日本中央競馬会)が主催する中央競馬と、地方公共団体が主催する地方競馬の二つがある。
2023年度の総売上高は、中央競馬が約3兆2755億円だったのに対し、地方競馬は約1兆889億円。その差は約3倍だ。
このため、競馬というと中央競馬を思い浮かべる人が少なくない。花形騎手も中央に集中している。
そんな中、地方競馬で、歴代最多の通算7424勝を記録した伝説の騎手がいる。「大井の帝王」と呼ばれた的場文男だ。現在、68歳。今年度(3月31日)限りでステッキを壁に飾る。
昨年2月に左膝のじん帯を損傷し、長期休養を余儀なくされた。復帰後の7月には同僚騎手との金銭トラブルも発覚し、4日間の騎乗停止処分を受けた。それ以来、騎乗依頼はなく、結果的に晩節を汚すことになってしまった。
それでもなお、的場が地方競馬に残した足跡は十分に偉大だったと言えよう。20年には騎手として初めて黄綬褒章を受章した。
的場ダンス――。馬上で躍るような独特の騎乗フォームで一世を風靡した。
馬を追う際に、まるでダンスでも躍っているかのように体を激しく上下させ、ムチを振り降ろすタイミングで腰を前に入れた。少しでも馬を前に進めたいという強い意志がフォームに反映されていた。
若い頃は両ひざを締め、馬にピタッと吸いつくような乗り方をしていた。これだと馬に負担をかけない。
ところが歳を重ねるうちに体が硬くなってきた。上体が浮き、中森明菜の歌ではないが、やがて<ダンスはうまく踊れない>状態に陥った。
それでも勝ち鞍を積み上げていったのは「走れ、このヤロー」という負けん気の強さだったと、本人は語っていた。
07年2月には、生死の境をさまよった。浦和競馬のパドックで気性の荒い馬に振り落とされ、背中を蹴られたのだ。
意識が朦朧とする中、医師たちのささやきが耳に入った。
「出血が2000ccを超えている。もう限界だ」
その瞬間、的場は「これでオレは死ぬんだな」と覚悟を決めたという。
「病院には、たまたまカテーテルの名医がいた。九死に一生を得たようなものです」
17歳でデビュー、馬に乗ること51年5カ月。
「正直なところ、まだまだ乗りたい気持ちはある」
人生の全てを競馬に費やしてきた男の、それが本音だろう。空手ならぬ競馬バカ一代。誰にも真似のできない愚直な騎手人生だった。
初出=週刊漫画ゴラク2025年3月28日発売号