高校進学は当たり前じゃなかった?昭和30年代からの進学率推移と家庭格差のリアル【眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話】

高校進学は当たり前じゃなかった 学歴と家庭のリアル

昭和30年代の進学率は5割程度だった

中学を卒業すれば高校に進むのが当然―そうなったのは比較的最近のことです。昭和30年代(1955年~)の日本では、高校進学率は5割程度で、中学卒業と同時に就職する子どもが多くいました。進学するかどうかは、家庭の経済力や事情に大きく左右され、進路は選べるものではなく与えられるものだったのです。

都市部では進学率が高めだった一方、農村部や地方では子どもが労働力として期待され、高校進学をあきらめざるをえない場合も少なくありませんでした。特に男子は就職、女子は家事や家業の手伝いに回るケースが目立ちました。

しかし、昭和40年代(1965年~)に入ると高度経済成長の波に乗って進学率は急上昇。50年代(1975年~)には8割を超え、60年代(1985年~)にはほぼ全員が高校へ進学するようになりました。家庭では「どの高校に進むか」が話され、中学の役割も就職斡旋から進学指導へ移りました。

このような高校進学率の上昇は、経済成長と教育政策の広がりが生んだ社会変化でした。昭和前期において、学歴は家庭の事情で決まるものだったのに対し、昭和後期には努力で切り開けるものへと価値観が変わっていったのです。進学率の数字の裏には、家庭ごとのリアルな格差と時代の空気が存在しました。

高校進学率の推移

低かった高校への進学率は、時代の流れとともに高まっていき、昭和60年代(1985年〜)にはほぼ全員が進学するまでになりました。

■ 昭和30年代(1955年~):進学率約50%
■ 昭和40年代(1965年~):経済成長で大幅増
■ 昭和50年代(1975年~):80%を突破
■ 昭和60年代(1985年~):ほぼ100%に到達

進路を分けた家庭と地域の事情

高校に進学するか就職するかには、家庭の都合や経済力などが大きく影響しました。また、都市部と地方・農村部で進学率にかなりの差があったといいます。

家庭

地域

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話』監修:町田 忍

 

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