「死者の脳から映像を復元」は実現する?近未来SFノワール『ノーメモリー』が描くAI社会の設定がリアルすぎる

漫画『ノーメモリー』の魅力は、スリリングな復讐サスペンスの面白さだけに留まりません。 本作の背景に描かれる「パンデミック後の世界」「AI社会の確立」「消費税60%」といった設定は、私たちが生きる現代社会の延長線上にあるかのような、生々しいリアリティを持って迫ってきます。

今回は、SFコラムとして、本作が提示する「ディストピア的な社会設定」と「脳アクセス技術の科学的リアリティ」について深掘りします。


社会設定①:AI社会の極端な加速と「情緒主義」というカウンター

第1話のテレビニュースで、非常に興味深い社会背景が語られます。

「先の世界的パンデミックの遺産は AI社会の確立を加速。その反動で物質主義を否定する情緒主義が台頭し…」

パンデミックによって非接触・リモート化が進み、社会のあらゆるシステムがAIによって自動化・効率化された未来。これはまさに、私たちが経験した現実のコロナ禍の地続きにある未来予想図です。

しかし、本作がユニークなのは、合理的なAI社会が極限まで進んだ結果、その反動として「情緒主義」が台頭している点です。 「情緒主義」とは、効率や科学的データ(物質主義)よりも、人間の感情、心、精神性、あるいは「割り切れない情念」を最優先する思想。

娘の事件が「科学的なDNA鑑定」によって迷宮入りしたのに対し、父親のノブオが「法律や科学」を無視し、血の通った「脳」という肉体に直接アクセスして執念の復讐を果たすという行為そのものが、この歪んだAI社会に対する「極端な情緒主義の体現」であるとも言えるでしょう。


社会設定②:消費税60%と相次ぐテロ、破綻寸前の国家

もう一つ、読者に強烈なインパクトを与えたのが「消費税60%に反対する爆破テロ予告」というニュースです。

税率60%という、国民の生活を完全に圧迫するディストピア。 これほどの超高税率が課されている理由は作中では明言されていませんが、AI化による労働構造の変化や、パンデミックによる経済打撃、あるいは作中でノブオが携わる「脳アクセス技術」のような莫大な国家補助金が投入される超巨大プロジェクトを維持するための歪みが、庶民に押し付けられているからかもしれません。

社会全体が冷徹な管理システムで覆い尽くされているからこそ、人々は怒りを暴動やテロという形で噴出させており、ノブオたちの「拉致・殺人」という凶悪犯罪もまた、この混沌とした治安の中へ容易に溶け込んでしまっています。


科学的考察:「脳アクセスによる映像復元」はどこまで現実に近いか?

ノブオが「復元課」で扱う、死者の脳から「記憶(映像)」を復元する技術。 これはSFの絵空事のように見えて、実は現代科学において最も研究が進んでいる分野の一つです。

現代科学における「デコーディング技術」の現在地

現在、脳科学の世界では、人間が見ている映像や夢の内容を、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)などを用いて脳活動パターンを計測し、AIを使って画像として復元する「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」や「脳情報デコーディング」の研究が急速に進んでいます。 すでに「人が見ているアルファベットや簡単な幾何学模様を脳から読み取って画面に再構成する」ことには成功しており、映画のような滑らかな映像復元も、技術的には秒読み段階に入っていると言われています。

「死体」の脳から記憶は取り出せるのか?

本作における最大のSF的跳躍(かつ狂気)は、「死者の脳」を対象にしている点です。

脳細胞は、心肺が停止した瞬間から急速に酸素が失われ、壊死が始まります。ノブオが、義兄がターゲットの頭部を撃ち抜いた際に「こんなになっちゃ(脳が破壊されては)アクセスは難しい」と言い、「次からは胸か腹を狙って(脳を無傷で確保して)」と注文をつけたのは、まさに脳の物理的な構造(ニューロンのネットワークや、微細な残存電気信号、化学物質の配置)をできるだけ生きた状態に近い形で保存しなければ、データが読み取れないからです。

死後硬直や脳死の限界に挑みながら、かつての「記憶」をハッキングするというプロセスは、倫理的にも技術的にも、この作品を唯一無二の「メディカル・サイバーパンク・サスペンス」に仕立て上げています。


まとめ:テクノロジーが「地獄の扉」を開ける

管理社会と、それに抗う歪んだ個人の情念。 『ノーメモリー』が描く世界は、科学がいくら進歩しても、人間の「復讐」や「愛憎」といった原始的な感情を制御することはできないという、皮肉に満ちた黙示録です。

彼らが「脳」から引きずり出す映像は、この歪んだ社会そのものを揺るがす引き金になるのかもしれません。緻密な近未来設定の数々を、ぜひ社会風刺コラムとして噛み締めながら、この極上のサスペンスを楽しんでみてください。

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ノーメモリー ( 1)

【漫画情報】
『ノーメモリー ( 1) 』/昌原 光一 (著)

娘の殺害犯を探し出す。例え悪に染まろうとも――。

舞台は近未来の日本。
そこでは、『脳アクセス』と呼ばれる、死んだ人間の記憶を復元する技術が発達していた。
中川ノブオは、脳アクセスを用い、過去の名画を復元する仕事をしていたが、ある日、最愛の娘が何者かに殺害される。
それから2年の月日が経ち、事件は迷宮入りとなり、ノブオは自らの手で犯人を粛清することを決意する。
しかし、その方法は、娘殺害の容疑者6人すべてを死人とし、強引に脳アクセスを実行するというもので――⁉

娘の仇を討つため、修羅と化した父親による、後退不可の漆黒の復讐劇が幕を開ける‼

娘の殺害犯を探し出す。例え悪に染まろうとも――。

舞台は近未来の日本。
そこでは、『脳アクセス』と呼ばれる、死んだ人間の記憶を復元する技術が発達していた。
中川ノブオは、脳アクセスを用い、過去の名画を復元する仕事をしていたが、ある日、最愛の娘が何者かに殺害される。
それから2年の月日が経ち、事件は迷宮入りとなり、ノブオは自らの手で犯人を粛清することを決意する。
しかし、その方法は、娘殺害の容疑者6人すべてを死人とし、強引に脳アクセスを実行するというもので――⁉

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