新監督に吉井理人。 千葉ロッテ再建へ【二宮清純 スポーツの嵐】

日米7球団でプレー。4球団でコーチ
千葉ロッテの新監督に就任した吉井理人は北海道日本ハム、福岡ソフトバンク、ロッテなどで投手コーチとして辣腕を振るってきた。教え子にはダルビッシュ有、大谷翔平、佐々木朗希らがいる。
この人事はロッテにとって大ヒットではないか。日米7球団でプレーした豊富な経験、指導者としての実績、そして人間性。どれも満点に近く、Bクラスに転落したチームを再建するには、うってつけの人物だと考える。
監督就任に際し、本人はこうコメントしている。
「これまでコーチとしての役割で勉強しながらやってきたが、全体のマネジメントを任される立場になる。身が引き締まる思いです」
吉井には“師匠”がいる。1998年、横浜(現DeNA)を38年ぶりのリーグ優勝、日本一に導いた権藤博だ。近鉄時代、2シーズンにわたって指導を受けた。
仰木彬監督の下、パ・リーグ優勝を果たした89年、吉井は近鉄の抑え役を任されていた。ところがマジック1で迎えた福岡ダイエー戦、仰木は胴上げ投手にエースの阿波野秀幸を指名した。
クローザーの吉井からすれば、「なんでオレじゃないんだ!」となる。ロッカールームで怒り狂っていた24歳をなだめたのが、投手コーチの権藤だった。
「おまえを守れなかった。すまなかった」
この一言で、どれだけ救われたか。吉井の指導者としての原点が、ここにある。
ちなみに権藤が横浜の監督に就任したのが59歳。それまで、4球団で投手コーチを務めてきた。
その間、権藤は上司である監督を反面教師にして“べからず集”をつくった。
「こんなことはやらんぞ、こんなことは言わんぞ、こんな監督にはならんぞ。それを全部、書き残したんです。監督になって生きましたね」
吉井は57歳での監督就任だ。吉井も権藤同様、のべ4球団で投手コーチを務めてきた。きっと、彼なりの“べからず集”があるに違いない。
2年前に会った際、吉井はこう語っていた。
「オフ、時間のある日にはジムに通っています。何年か前に減量してお尻や背中の肉が落ちてしまったんです。ユニホームの着こなしが悪いと、言ってることに説得力がなくなってしまいますから」
いつ大役が回ってきてもいいようにと、体型のチェックには怠りがなかった。そう言えば権藤も、体をシェイプするためによく走り込んでいた。体型や着こなしは、指揮官にとって自己演出の重要なツールのひとつである。
※上部の写真はイメージです。
初出=週刊漫画ゴラク2022年10月21日発売号
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