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A猪木vsアミン。幻の“他流試合”【二宮清純 スポーツの嵐】

Text:二宮清純

ウガンダ大統領との一騎打ち

 度量の大きい人物のたとえとして「清濁併せ呑む」という言い方を、よくする。

 さる10月1日に79歳で世を去ったアントニオ猪木さんなどは、その典型だろう。

 いや、猪木さんの場合、「清」と「濁」だけではすまなかった。もうひとつ「毒」も付け加えたい。「清」と「濁」のみならず「毒」をも併せ呑むモンスター。それが猪木さんの正体だったのではないか。

 類は友を呼ぶ。猪木さんのまわりには、得体の知れない人物が、よく集まってきた。

 そのひとりがイベントプロデューサーの康芳夫だ。石原慎太郎を隊長とする国際ネッシー探検隊を結成したのも康なら、オリバー君という「チンパンジーと人間の中間にあたる未知の生物」を“来日”させたのも康である。

 いつだったか康に「オリバー君はパスポートを持っていたんですか?」と聞いたことがある。「彼の場合は必要なかった」と答え、こんな裏話を披露してくれた。

「最初、京王プラザホテルに滞在する予定だったんですが、“動物の宿泊は認められない”という理由で断られてしまった。いくつものホテルに断られ、ようやく了承を得たのが麹町のダイヤモンドホテル。最高級のスイートルーム。もちろん人間扱いでした」

 康には“幻”に終わった企画も少なくない。そのひとつが“ブラック・ヒトラー”の異名で恐れられたウガンダのイディ・アミン大統領と猪木さんの一騎打ちである。

 アミン大統領にはボクシングの「東アフリカヘビー級王者」という肩書きがあり、康が猪木さんに対戦を打診したところ、二つ返事で「ぜひ、やらせてください」と答えたという。

 独裁者のアミン大統領には“人食い大統領”というウワサがあったが、あれは本当だったのか。

「僕は彼の執務室近く冷蔵庫に案内されたこともあるんだ。冷蔵庫の中を見ると、人間の首が雪だるま式に積まれてあった。そのひとつひとつに日付けと名前が書いてあったよ。彼は(虐殺した人間を)デコレーション(装飾)していたんだろうね。もっとも、それを食べていたとは思わないけど(笑)」

 康によると、猪木対アミン戦は米NBCが放送権を買い取り、日本では東京12チャンネル(現・テレビ東京)が中継することが内定していた。

 だが1979年、ウガンダで内戦が勃発し、命の危険を感じたアミン大統領はサウジアラビアに逃亡する。かくして“世紀の奇戦”は記者会見まで開きながら、流れてしまうのである。見たかったような、見たくなかったような……。43年前の奇譚である。

※上部の写真はイメージです。
初出=週刊漫画ゴラク2022年10月28日発売号

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