19年10月、横浜スタジアムで行われたセ・リーグのCS第1戦。始球式で見事なボールを投げ込んだ御年95歳、今西錬太郎さん。彼は「大洋」の初代背番号18だった。
いったい、どんな選手だったのか–。取材の第4回は対巨人戦に関して。
タイガース名スカウトが惚れ込んだセットアッパーとは?(別タブで開きます)
伝説の巨人キラー、今西錬太郎④「マウンドで打者の目を見るんです」
テークバック時の写真が雑誌に掲載されていた。持参した複写を差し出すと、今西さんはまた照
れて笑みを浮かべた。スリークオーターならば、巨人・川上が「カミソリのような切れ味」と評したという武器、シュートも投げやすかったに違いない。
「そう、無理にやらんでも、ちょっとスナップが返れば、ビュッと鋭いシュートがいくんですよ、スリークオーターですから。これは誰にも教わらないで楽に投げられました」
楽に、自然に、体に見合う投球を求めた先に、理想のフォームと武器があったのだ。
「あとはヘッドワークで組み立てて、コーナー、コーナーを攻めていくんだけど、僕はマウンドからね、打者の目を見るんです。そうすると、あっ、こいつはここを狙っとんな、っていうのがピーンとくるんですよ!」
これまで以上に張りのある声だった。テークバックに入る直前に打者全体を見る、という投球術の話を聞いたことはあるが、打者の目を見て狙いを感じる、という話は初めて聞く。これは今西さん独自の投球術だろう。
「マウンドでね、ふぁーっと、打者の様子、目をじっと見てるとね、何か、グーッとくるんですよ。これは捨て球をほうって勝負しようとか、こっちがこういう具合にほうると思わせて、逆にバーッと真正面にほうるとか、自分の頭で考えて、いろいろ組み立ててね、一人ひとり勝負したんです。だから、打者の目を見られないときはね、調子が悪いんですよ、はっはっは」
思わず吹き出してしまったが、瞬時に相手の情報を収集して計算もしくは逆算し、弾き出した答えをボールに込めて投げる、ということだろうか。主にバッテリーを組んでいたという捕手の日比野武とは、どういったやり取りをしていたのだろう。
「最初はヒビさんがサイン出してたんですけど、『イマやんねえ、俺よりか、お前、考えて投げろ』って。それぐらい、ヒビさんはうまかったですよ、ノーサインですから。僕が打者に対する感性でほうったのを軽く受けてくれて、さすがだな、と思いましたね」
プロ2年目の47年、投手として伸び盛りの今西さんは一気に21勝を挙げる。そのなかで巨人戦に9勝したことから、[巨人キラー]と呼ばれた。〈今のところ今西が事実上の主戦投手である。若いし、球にのびがあって、キビキビしているから見ていて感じがいい〉と記事は伝える。
巨人戦は特に期するものがあったのだろうか。
「そんなことないですよ。僕は思うんですけどね、昨日今日やってきたヤツにバタバタ負けるでしょ? なんだ、あんなヤツ、ちゅうようなもんで、ナメとるんですよね、巨人は。だからバタバタ負け出してからね、慌ててね、気を入れてきたと思いますよ」
それはね、どうでもエースですよ
実際、同年の巨人戦、今西さんは初対戦から7連勝して7月までに8勝1敗。その後は1勝3敗だから、まさに、という印象だ。
「後楽園の巨人戦で投げるとき、ウオーミングアップやってると、場内アナウンスで〈先発投手、今西〉なんて放送しますね。コツーンと小石が当たるから何かな? と思って、ひょっと見たら、小さな子どもがね、スタンドから石を投げよったんです。ジャイアンツファンがね。投げた子は赤い顔して下向いてるから、あの子だなってわかるんです。それぐらい、憎まれましたよね。そらあ、ジャイアンツはすごい人気でしたからね」
戦後間もない頃のちびっ子ファンの実像まで聞けるとは思わなかった。では、巨人打線の印象はどう
だったのか。
「嫌なバッター、いましたよ、千葉、千葉茂ね。あれはもうね、欠点を突いてもファウルにするからホンマに嫌だった。配球に頭を悩ましました。あとは川上さん。あの人がガッと構えたらね、ピッチャー
はマウンドで一目置くわけでしょ? それを跳ね返さないかんねん。だから僕はマウンドで投げる前、必ず打者の目を見るんですわ」
20年前、[ファウル打ちの名人]と呼ばれた千葉茂に取材したときの記憶が甦った。気づけば、千葉の特徴を嫌がった投手の話を聞くのは初めてで、本当に貴重な機会に恵まれたのだと思いつつ、ここでチームメイト、“二枚看板”だった天保について聞く。
「天保さんはね、いいボール持ってるんだけど真っ正直だからね。前半は素晴らしいんです。それが後半になるとフリーバッティングみたいに打たれる。それで浜崎監督が『お前、何やっとんだい! ちょっとイマの配球、習え』ちゅうて。天保さんは僕と同い年だけど、戦前から阪急に入った先輩だから、そんな教えるなんてできませんよ」
45歳にして監督兼投手で阪急に入団した浜崎真司は、投手不足のなかで自ら登板もしたなか、天保には特に厳しかったという。
「当時、浜崎監督は天保さんを一人前にする役目で入ってきたわけです。でも天保さんは言うことを聞かない。それで後輩の僕がどんどん勝つもんだから、今まで天保さんが人気あったのが、ファンは正直なもんで変わってくる。それでなにくそーっという気持ちを持って、みんなの励ましで切り替えて、ナックルを覚えて立ち直ったのは偉いですよ。『天保、今西』って言われたのが懐かしい。いいライバルでした、同い年のね」
47年、今西21勝で天保10勝。48年、今西23勝で天保19勝。そして49年、今西19勝で天保24勝。この数字だけで「ライバル」を感じるが、46年〜48年まで天保が務めた開幕投手が49年は今西さんに変わっていた。最終的に、浜崎監督は「エースは今西」と見ていたのではないか。
「いやあ、それはね、どうでもエースですよ。はっはっはっはっは」
ーー次回、【伝説の巨人キラー今西錬太郎⑤「浪商野球部の絆は強いもんですよ」】へ続く
取材協力:横浜DeNAベイスターズ、石塚隆
参考文献:『週刊ベースボール』(ベースボール・マガジン社)
(初出:【野球太郎No.033 2019ドラフト総決算&2020大展望号 (2019年11月27日発売)】)
執筆:高橋安幸
1965(昭和40)年生まれ、新潟県出身。日本大学芸術学部卒業。出版社勤務を経て、野球中心に仕事するライター。98年より昭和の名選手インタビューを続け、記事を執筆。著書に『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』(集英社文庫) などがある。現在、webSportivaにて『チームを変えるコーチの言葉』、『令和に語る、昭和プロ野球の仕事人』、『根本陸夫外伝 〜証言で綴る「球界の革命児」の知られざる真実』を連載中。ツイッターで取材後記なども発信中。@yasuyuki_taka
【書誌情報】
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公開日:2020.03.09
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