短期決戦を制する工藤公康氏の修正力! ゴジキ氏の新刊『マネジメント術で読むプロ野球監督論』が解き明かす、名将たちの勝負哲学

 16年のソフトバンクは、シーズン終盤にかけて継投やチーム運営で苦しんだ。工藤は勝利の方程式を酷使しない方針を掲げ、一方で先発の球数や状態を慎重に見極めながら、早めの継投に移る采配を見せた。しかし、その結果としてリリーフ陣の登板過多が進み、五十嵐や森らの疲労がシーズン後半に顕著となった。投手の状態管理を意識したはずの采配が、結果的にはリリーフ依存を強めてしまったのである。

 そんな中で特筆すべきは、千賀滉大の先発ローテーション抜擢である。シーズン12勝を挙げた千賀はこの年を機にエースへの階段を上り始め、工藤の掲げていた世代交代の促進というテーマが現実化した。また、内野手の牧原大成などユーティリティプレーヤーの育成も進んだ。複数ポジションを守れる選手を増やすことで、主力離脱時の対応力を高めようとしたのである。上林誠知ら若手外野手も徐々に一軍での出場機会を増やし、経験を積ませる采配が見られた。ただし、当時のホークスは主力の層が厚く、若手の大幅な入れ替えよりも既存戦力の底上げに重きが置かれた。

 打線は、固定と流動の両立を目指す構成に。柳田、内川、松田、中村晃といった主軸を中心に据えながら、下位打線を相手投手やコンディションに応じて入れ替えることで、攻撃の厚みを保とうとした。特徴的だったのは、試合の局面によっては守備力よりも得点効率を優先した大胆な布陣変更である。例えばシーズン終盤の日本ハムとの直接対決では、明石健志をレフトに、中村晃をセンターに回すという異例の守備シフトを敷き、守備の安定よりも攻撃力を取る決断を下した。守備重視という原則を持ちながらも、状況によってはセオリーを外れる判断を下す。こうした柔軟さこそ工藤采配の特徴だったが、同時にそれがチーム全体のリズムを乱す要因にもなった。

 また、15年オフに主砲・李大浩が退団した際も、球団と工藤は野手の補強をせず、内川を一塁にコンバートし、DHも柔軟に組み替えることで打線のバランスを取った。内川の106打点(リーグ2位)や松田の27本塁打など、分業で一定程度はカバーできたが、あくまで分業であり、李という長距離砲を欠いた打線の火力低下は否めなかった。

 そのうえ、この年は、主力に相次いで離脱者が出る。バンデンハークは6月に離脱し、柳田も9月に骨折。代えの利かない戦力を欠いたことでチームの歯車が狂った。工藤はファームから若手を引き上げるなどして対応を試みたが、戦力の厚さを誇るホークスでも代替は容易ではなかった。就任当初から「怪我人がチームの戦力を落とす」と口にしており、コンディション管理と故障防止を最重要視していたが、これは痛かった。

 前半戦は首位を独走していたものの、こうした要因が重なって夏場以降に失速。大谷を擁する日本ハムに猛追される。迎えた9月の直接対決では、「一つも落とせない」とばかりに通常では見られない策を次々と繰り出した。

 中4日で中田を登板させ、守備を犠牲にしてでも攻撃に比重を置く布陣を組んだ。さらに試合終盤では細かい継投で流れを断ち切ろうとする〝マシンガン継投〞を多用したが、焦りの見える采配は結果に結びつかなかった。日本ハムにマジック点灯からそのまま優勝を許し、最大11.5ゲーム差をひっくり返されるという屈辱を味わうことに。工藤は「踏ん張るべきところで踏ん張れなかった」と語り、目先の一勝を取りにいく判断が長期的な安定を崩したことを認めている。CSでも日本ハムに完敗し、采配・マネジメント両面の再構築を迫られる転機となった。

 工藤はこの挫折から明確に軌道修正をした。オフにはチームの弱点だった打線の火力不足を補うため、ロッテからアルフレド・デスパイネを獲得。すると17年、デスパイネは35本塁打、103打点で本塁打王と打点王の二冠に。柳田の完全復活もあって中軸の破壊力は飛躍的に向上した。初回から出塁と機動力を絡め、今宮の確実な送りでチャンスを広げ、中軸が確実に得点を奪う。先制時の成績は73勝9敗という圧倒的な数字を残し、試合を序盤で支配する野球が完成した。

 守備面でも失策はわずか38、守備率.993というNPB新記録を打ち立てた。計算上は3.8試合に1回しかエラーをしない。工藤はキャンプから細部にこだわり、ポジショニングや連携確認を徹底。甲斐拓也を正捕手に抜擢したことで強肩による盗塁阻止だけでなく試合運びの安定感が増し、チーム防御率の向上にもつながった。

 投手陣は和田毅と武田が離脱する中、東浜巨なお・千賀滉大・バンデンハークの3本柱が揃って二桁勝利を挙げ、チーム防御率はリーグ1位を記録。谷間には育成出身の石川柊太を起用した。さらに森、岩嵜翔、サファテの「勝利の方程式」を確立し、7回以降を完全に封じる〝逆算型〞の投手運用を徹底。サファテは54セーブでリーグMVP、岩嵜は最優秀中継ぎ賞を獲得した。酷使の代償として翌年以降に故障が続くことになるが、17年に限れば、その徹底した勝利至上主義が功を奏したといえる。

 ポストシーズンでは工藤の勝負勘が冴えわたった。CSファイナルステージでは楽天に2連敗を喫しながらも、「バカになって野球をやろう」と選手に声をかけ、雰囲気を一変させた。第3戦ではレギュラーシーズンでほとんど出場のなかった城所(きどころ)龍磨を「2番・センター」で起用。則本昂大から二塁打を連発し、守備でもファインプレーを連発して流れを変えた。第5戦では怪我から復帰したばかりの柳田を1番センターに抜擢し、初回先頭打者として出塁・先制点を演出。こうした思い切った人選が短期決戦の流れを引き寄せた。

 日本シリーズでも、その采配は圧巻だった。第6戦では9回からサファテを投入し、そのまま延長11回まで3イニングを跨がせて勝利を掴む。DeNAのラミレス監督が「明日を見据えた継投」を選んだのに対し、工藤は「今日で決める」覚悟を貫いた。結果、サファテは勝利投手となりシリーズMVPを獲得。指揮官の執念が日本一を引き寄せた。

 こうして17年のソフトバンクは94勝を挙げ、ペナントレースを圧倒。CSでは劣勢を跳ね返し、日本シリーズでも勝負どころを逃さずに頂点を奪還した。前年の反省をもとに戦略・戦術・マネジメントをすべて修正し、若手の育成とベテランの活用を両立させ、攻撃と守備の設計を磨き上げた工藤の采配は完成の域に達していた。16年の「迷い」が、17年の「確信」へと変わった。勝ち続ける組織にとって何よりも難しい〝修正力〞を、工藤はこの2年間で示したのである。

【出典】『マネジメント術で読むプロ野球監督論』著:ゴジキ


工藤公康氏という指揮官の”修正力”。ソフトバンクを「黄金時代」へと押し上げた監督術は、組織運営に悩むリーダー、そして戦略の本質を知りたいすべてのビジネスパーソンに参考になるはず。

発売前から大きな反響を呼んでいる本作。その全貌は、ぜひお手にとってお確かめください。

ページ: 1 2

【書誌情報】
『マネジメント術で読むプロ野球監督論』
著:ゴジキ


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原辰徳、落合博満、岡田彰布、伊東勤、栗山英樹、緒方孝市、工藤公康、辻発彦、中嶋聡、高津臣吾、新庄剛志、小久保裕紀、阿部慎之助。
彼らは頑固と柔軟、安定と挑戦、温情と冷徹といった矛盾する問いとどう向き合ってきたか。マネジメントのスタイルは時代を経てどのように変わったのか。強いチームを作る普遍的な方法はあるのか。
『データで読む 甲子園の怪物たち』がヒットした野球著作家が、各監督の特徴を徹底分析。

◎著者プロフィール◎
ゴジキ(@godziki_55)
野球評論家・著作家。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『戦略で読む高校野球』(集英社新書)などがある。『データで読む甲子園の怪物たち』(集英社新書)は発売前重版を記録。
連載実績として「ゴジキの巨人軍解体新書」「データで読む高校野球2022」「ゴジキの新・野球論」などを担当し、現在はサイゾーオンラインにて「ゴジキの野球戦術ちゃんねる」を連載中。
週刊プレイボーイ、スポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!、集英社オンライン、現代ビジネスなど各種メディアでの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュースの公式オーサーにも選出されている。

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