原辰徳と岡田彰布。晩年に受けた屈辱【二宮清純 スポーツの嵐】

「ここまでやんのかよ」
プロ野球の世界には「格」が存在する。これを無視した采配を振るうと、人間関係に亀裂が走るだけでなく、組織全体の空気も悪くなる。
2年連続Bクラスの責任を取り、今季限りで監督の座を退いた巨人・原辰徳には痛恨の記憶がある。
選手としては晩年を迎えた1994年9月7日、東京ドームでの横浜戦で事件は起きた。0対0の7回1死の場面で、原に打順が巡ってきた。
あろうことか監督の長嶋茂雄は代打に息子の一茂を送ったのだ。この時のショックを、原は自著『選手たちを動かした勇気の手紙』(幻冬舎)で、こう明かしている。
<打撃の状態は悪く、代打を告げられるのは仕方ない。しかし、左打者ならともかく、同じ右打者の一茂だった。代打を告げられた瞬間は、頭が真っ白になった。バットを持ってベンチに引き上げると、これまで感じたことがない感情が込み上げてきた。
「ここまでやんのかよ」
長嶋監督はプロ野球界にとって、神様のような存在だろう。長嶋監督から見れば、自分の存在なんて虫けらのようなものだ。>
原もショックなら、一茂もショックだったのではないか。
槙原寛己がMCを務めるユーチューブ番組で「オレも参ったよ。頼むから出さないでくれって思ったもん」と本音を吐露している。
現役最後のシーズンとなった翌95年にも同様のことがあった。5月30日のヤクルト戦。4対6の9回1死満塁の場面で、後輩の吉村禎章を代打に送られた。
事前に吉村は「原さんの代打だけは勘弁してください」と長嶋に願い出ていたようだが、聞き入れられなかった。
今年、阪神を18年ぶり6度目のリーグ優勝、38年ぶり2度目の日本一に導いた岡田彰布にも苦い過去がある。
1992年4月25日の中日戦。2対1と阪神1点リードの5回、1死満塁のチャンスで監督の中村勝広は、左の亀山努を代打に送ったのだ。
いくら岡田が不振に喘いでいたとはいえ、亀山は前年まで2軍にくすぶっていた選手である。
「亀山って誰かと思ったよ」
というくらいだから、岡田が負った“心の傷”は察して余りある。試合後、名古屋の宿舎で荒れた、という逸話も残っている。
だが考えてみれば、勝負の世界に生きる人間で、屈辱に無縁だった者などいない。問われるのは、その先の姿勢なのだ。屈辱の記憶が後々、采配面で役立ったのは想像に難くない。
初出=週刊漫画ゴラク2023年11月24日発売号
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