恋人や夫婦で訪れたい!現代では愛のパワースポット「清州城」の歴史【眠れなくなるほど面白い 図解 愛知の話】

清洲城は現代では愛のパワースポットに!?

兵どもが夢のあと

 戦国時代から江戸時代初期にかけて、尾張の中心は名古屋ではなく清洲 (現在の清須市)でした。ここにあった清洲城は、織田信長が拠点としていたことで知られています。

 1560年、信長はここを足掛かりに桶狭間の戦いで今川義元を討ち、天下統一への道を歩み始めました。1562年に徳川家康と清洲同盟を結んだのもこの城です。その後、1582年に信長は本能寺の変で亡くなりますが、後継者を決める清洲会議もここで開かれました。

 やがて江戸時代に入ると、清洲城は徳川家が治めるようになり、家康の四男・松平忠吉や九男・徳川義直がここに入城して清洲藩主となります。そして1610年からの「清洲越し」が行われた結果、尾張の中心が名古屋へ移され、清洲城は廃城となったのです。

 現在、清洲城の跡地は東海道本線と東海道新幹線の開通により分断され、清洲古城跡公園と清洲公園のふたつの公園になっています。このうち清洲公園のほうには信長と妻・濃姫の銅像があり、夫婦や恋人たちの愛のパワースポットとして親しまれています。

 また、五条川を挟んだ向かいの清洲地域文化広場には、1989年に清洲城の天守が再建され、歴史に関する展示物や最上階からの眺望を売りに、こちらも観光スポットとなっています。

清洲城のあった場所と現在の清洲城

清洲城

 清洲城は清須市の中央付近を流れる五条川沿いにあった。1613年に廃城となり、現在は城跡の公園と新たに建設された清洲城が残っている。

現在の清洲城

 現在の清洲城は、1989年に五条川を挟んだ対岸に新設されたもの。当時の外観をイメージして作られ、観光名所であるとともに桜の名所にもなっている。

清洲古城跡公園と清洲公園

 かつて清洲城があった場所。東海道本線と東海道新幹線の開通により南北に分断されてしまったものの、現在まで城跡地として保存されている。南側の清洲公園には織田信長と濃姫の像があり、恋愛のパワースポットとして知られている。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 愛知の話』監修:宮本佳範

【監修者紹介】
宮本 佳範(みやもと・よしのり)
愛知県生まれ。名古屋市立大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。博士(人間文化)。愛知東邦大学経営学部教授。一人旅が好きで、回り道をしつつ観光の研究者になる。専門は観光社会学。持続可能な観光マネジメントの在り方に関心を持ち、観光地で起きている様々な問題について研究。また、“観光は地域のPRメディア”という視点にたち、学生と地元愛知・東海の歴史や文化、自然、産業の魅力を深堀りするツアーの企画にも取り組んでいる。

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 愛知の話』
監修:宮本佳範


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