歎異抄

“信じない者は地獄行き”は誤解!方便の浄土の真実とは【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

「方便の浄土」と「真実の浄土」との関係 第十七条では、浄土の中心ではなく「辺地」と言われる「方便の浄土」に往生する人は、最後は地獄に堕ちることになるという人がいますが、その証拠はどこにあるのでしょうか。 これは学者ぶった […]

阿弥陀仏への改心は一度だけでいい? 浄土へ導く教えとは【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

阿弥陀仏の救いを疑わないことが大切 第十六条の冒頭では、「阿弥陀如来を信じ念仏を唱える人は、腹を立てたり、よくないことをしたり、同じ念仏の仲間と口論したなら、必ずその度に心を改めなければならないという人がいます。これは悪 […]

親鸞が否定した“即身成仏” 善悪を超えた救いの道とは【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

易行の道は善人も悪人も関係ありません 第十五条では「悟り」について、親鸞の考え方が書かれています。 冒頭でいきなり、「煩悩をそなえた身のままこの世で悟りを開くことができる」という考え方を強く否定しています。「煩悩をそなえ […]

殺生・盗みも救われる?阿弥陀仏の“慈悲”に包まれる条件【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

人は罪を背負って生きていく 第十四条には、阿弥陀仏の救いについて、「念仏」を唱えることと「罪」が消えることとの関係について書かれています。 念仏には一回唱えることで、「未来永劫苦しみ続けるほどの思い罪を、消滅させてしまう […]

「悪いことしてもどうせ救われる」は間違い!誤った解釈の「本願ぼこり」とは?【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

薬があるからといって毒を飲んではいけない 「最後は救われる」からと悪い行いを肯定することを「本願ぼこり」と言います。阿弥陀仏の救いを間違って解釈していることについて、厳しく戒めたことを第十三条では書かれています。 阿弥陀 […]

「念仏に学問は不要」南無阿弥陀仏に込められた阿弥陀仏の想いとは?【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

念仏を唱えるには学問は必要ない 「学問や知識がない者は救われない」という親鸞の教えと異なった考え方をする弟子たちがいました。 親鸞の考えは「すべての人々が阿弥陀仏の救いにあずかれる」というものですから、この考え方は親鸞の […]

「南無阿弥陀仏」を唱えるだけで救われる?「誓願の不思議」と「名号の不思議」とは【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

阿弥陀仏を信じることと念仏と唱えること 阿弥陀仏は「南無阿弥陀仏」という言葉を唱えれば、私たちを救うことを約束しています。すると「阿弥陀如来の約束を信じるのか」もしくは「南無阿弥陀仏の持つ言葉の力を信じるのか」と考える人 […]

なぜ教えは誤解されたのか? 歎異抄中序から読み解く唯円の嘆きとは【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

歎異抄は親鸞の教えを正しく学ぶための書 歎異抄の第一条から第十条までは、親鸞聖人の言葉を弟子の唯円がまとめたものです。「中序」は、続く第十一条から第十八条までの序文にあたります。 親鸞聖人がまだ存命のころ、同じ志を持って […]

考えるな、ただ唱えよ──親鸞が説く「念仏無義」の深意【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

念仏を唱える理由など考えないことが大切 第十条は「念仏には無義をもつて義とす。不可称不可説不可思議のゆゑにと仰せ候そうらひき」という短い文言でまとめられています。 「無義」とは「理由がない」という意味があります。「義とす […]

煩悩まみれでいい!? だからこそ救われる親鸞の教えとは【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

心から喜べないからこそ往生できる 第九条では冒頭で、「念仏を唱えても躍り上がるような気持ちにならないのはどうしてでしょうか、一日も早く極楽浄土に行きたいという気持ちにならないのはどうしてでしょうか」という弟子の唯円の疑問 […]

“努力しない救い”? 念仏が“修行”でも“善行”でもない理由【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

念仏を唱えることで自力から脱する 第八条では念仏とはどういうものか、ということについて説明しています。 冒頭に「念仏は行者のために、非行・非善なり。」と記されています。 念仏は座禅や写経、読経など「仏教の修行」ではありま […]

念仏さえあれば、恐れるものなし―― 親鸞が説いた“最強の安心法”【眠れなくなるほど面白い 図解 歎異抄】

念仏を唱えればどんな困難や恐怖も乗り越えられる 第七条では「念仏者は無碍(むげ)の一道(いちどう)なり」という言葉が記されています。 「念仏を唱える人は何が起ころうが大丈夫」という意味を持つ言葉です。 親鸞の生きた時代の […]
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