【世界遺産】実は公式の区分ではない?「負の遺産」という言葉が世界遺産条約に存在しない納得の理由【眠れなくなるほど面白い 図解 世界遺産】

「負の遺産」が問い掛ける 歴史の光と影…

 世界遺産というと、雄大な自然やきらびやかな建築など、地球や人類の美しさや輝かしい歴史を連想される方が多いかもしれません。しかし世界遺産が伝えるのは、「栄光」だけではありません。戦争や差別、暴力などの人類の過ちと深く結び付き、過去の痛みを忘れないための教訓として存在する遺産もあります。そこにある建物や風景は、単なる観光資源ではなく、痛みを伴う記憶そのものでもあります。

 これまでに紹介した「広島平和記念碑(原爆ドーム)」や「アウシュヴィッツ・ビルケナウ」などのほかにも、人種隔離政策(アパルトヘイト)の非人道性を示す南アフリカの「ロベン島」、奴隷貿易の拠点として人々が送り出されたセネガルの「ゴレ島」などがあります。華やかな世界遺産が地球や人類の「光」を表すものだとすれば、これらの世界遺産は人類の過ちを凝縮した「影」を表す場所といえます。

 しかし、世界遺産条約には「負の遺産」という公式の区分は存在しません。原爆ドームでも、原爆投下の是非といった国家間で見解が割れる論点は価値基準から外され、半世紀にわたる広島市民の平和を求める運動や象徴性が重視されました。

 世界遺産は国を単位とする国際的な枠組みであるため、国同士の対立を招くような評価は慎重に避けられます。そのため、ユネスコでは同様の遺産を「平和や人権を理解するための遺産」と位置付けています。私たちは世界遺産の「光」に目を奪われがちですが、「影」の歴史もまた忘れてはならない大切な遺産なのです。

負の遺産は平和や人権を理解するためのもの

  • アウシュヴィッツ・ビルケナウ:ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940-1945)(ポーランド共和国)
  • カンボジアの記憶の場:抑圧の中心から平和と反省の場へ(カンボジア王国)
  • ゴレ島(セネガル共和国)
  • ビキニ環礁−核実験場となった海(マーシャル諸島共和国)
  • 広島平和記念碑(原爆ドーム)(広島県)
  • ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ(ルワンダ共和国)
  • ロベン島(南アフリカ共和国)

世界遺産条約で「負の遺産」が定義されない理由

 世界遺産条約は「負の遺産」を正式に定義していません。国際条約である以上、戦争や加害責任など、国によって評価が異なる論点を入れてしまうと、国際的な合意が得られにくくなるためです。「広島平和記念碑(原爆ドーム)」も原爆による被害や悲劇ではなく、平和を求める広島市民の活動が評価の対象となりました。

「アテネのアクロポリス」は約2500年前に哲学者が出索を深め民主制が生まれた場所とされる。しかし、その輝きのウラ側には徹底した奴隷制があるなどどんな世界遺産にも光と影の側面があるといえるのだ

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 世界遺産』監修:宮澤 光

【監修者紹介】
宮澤 光(みやざわ・ひかる)
NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員。北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。跡見学園女子大学非常勤講師。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 世界遺産』
監修:宮澤 光


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