本物のタマムシ5000匹の翅を使った!? 推古天皇が愛した「玉虫厨子」の秘密【眠れなくなるほど面白い 図解 国宝の話】

推古天皇の信仰心が詰まった美麗な厨子!

飛鳥期仏堂建築をそっくり模した収納箱 ── 玉虫厨子

 推古天皇が朝晩の礼拝に愛用した仏具収納箱が「玉虫厨子」(国宝)だ。推古天皇(554〜628年)は、いつ、どこへ行くにも玉虫厨子を持参し、朝晩の礼拝時、扉を開いて念持仏に向かって手を合わせたという。玉虫厨子とは移動用の収納箱のことだが、この厨子に限って、推古天皇の特注品なのか、特別豪華に仕上がっている。

 本来、厨子とは物を収納する家具の一種に過ぎないのだが、移動用の仏具収納箱として利用されることが多かった。厨子の中には仏像のほか、経典、位牌などの仏具一切がコンパクトにまとめられて収納されている。

 推古天皇の厨子が特に注目されたのは、上部の宮殿部の外装に金銅の透かし彫りを施したところの、そのうしろに本物の玉虫の羽を敷き詰めたためである。なぜ、そんな細工を施したのであろうか。

 玉虫の体長は30~40mm。比較的、大きめの細長いカブト虫の一種だが、よく知られているのはヤマトタマムシ。「構造色」と呼ばれる発光現象、つまり、色素によらない、構造と光の分光作用による発光現象によって全身が金緑色や金紫色に輝くのだ。背面に2本の赤い縦状の筋を走らせているため、昆虫愛好家の間では「森の宝石」と呼ばれている。美しい虫である。

 また、タマムシは古くから「吉兆虫」と呼ばれ、「箪笥に入れておくと反物が増える」という俗信もある。さらに光の当たり具合によって微妙に変化する色合いを「玉虫色」といい、時には人間関係の微妙な在り様を表現する言葉に使われる。

 だが、何といっても絶妙不変。死後も色褪せず、輝きを保つため「玉虫厨子」に用いたのかもしれない。推古天皇は永遠の輝きを求めたのだろうか。

推古天皇=日本史上、最初の「女帝」である。諱は額田部。和風諡号は豊御食炊屋比売尊。一見、大人し気に見えるが、激しい気性で物部、蘇我両一族と激しくやり合った。

玉虫厨子(たまむしのずし)

法隆寺大宝蔵院 玉虫厨子

平成20年(2008年)に国宝指定 / 奈良県斑鳩町法隆寺所蔵

厨子には種々の形式があるが、仏堂建築の外観をそっくり模しているのが玉虫厨子。7世紀、飛鳥時代の造形。厨子は最下部の台脚、その上を順に須弥座、宮殿部、錣葺屋根が載る。漆で全面を塗装し、扉と羽目板には朱・黄・緑色の顔料で仏教説話などを描く。屋根下の細長い部材の框などには透かし彫りの金銅金具が施され、その金具の下にタマムシの翅を5000枚ほど敷き詰めたことで独特の輝きを放った。翅はいまでも半分ほど残っているといわれる。総高2.33m。


にゃん太:ねえ、なんで玉虫厨子って呼ばれてるの?
わん爺:屋根の下の框かまち、そうだのう、玉虫厨子の框とは宮殿の各壁板の外側の縁を囲んでいる枠状の部材のことだが、ここに金銅の透かし彫りの金具を打ち付けてあって、その金具の下に装飾としてタマムシの翅を敷き詰めたのだな。タマムシの翅は光の当たり方で金緑や金紫などのようにさまざまな光沢のある色調に変化する。それを玉虫色というわけだが、その名を取って玉虫厨子と呼んだんだの。それにしてもすごいのは、タマムシの翅を5000枚ほど敷き詰めたということだな。


【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 国宝の話』著:鈴木 旭

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 国宝の話』
著:鈴木 旭


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