【コラム】木村庄之助の軍配 「国技」支える重み【二宮清純 スポーツの嵐】

切腹覚悟の勝敗判定

  大相撲の5月場所は、千秋楽で小結・若隆景と大関・霧島が12勝3敗で並び、優勝決定戦の末に若隆景が、4年・25場所ぶり2度目の優勝を果たした。

 本割では寄り切りで霧島に敗れていた若隆景だが、決定戦では、鋭く踏み込み、大関を一気に押し出した。

 ところで場所中、最も国技館が沸いたのは13日目、大関・霧島と前頭13枚目・琴栄峰の一番だ。対戦前の時点で、霧島、琴栄峰ともに10勝2敗。2人並んで優勝争いのトップを走っていた。

 立ち合い、頭で当たって左を差し、すくい投げで勝負に出た霧島だが、琴栄峰も粘り、逆に右上手を引かれて土俵際にまで追い込まれる。

 徳俵に右足をかけてしのいだ霧島は、まるでプロレスのフロント・スープレックスのようなうっちゃりを打つ。

 その際、左足で咄嗟に相手の右足を蹴り上げたように見えた。二枚蹴りだ。

 行司の第39代木村庄之助の軍配は琴栄峰。ところが物言いがつき、行司差し違えで、霧島が勝ち名乗りを受けた。決まり手はうっちゃりだった。

 ほとんど同体のように見えたが、ビデオ映像による検証の結果、琴栄峰の右手が先に砂についている、と判断されたようだ。

 日刊スポーツ(5月23日付け)によると<24年秋場所で立行司に昇格してから初の差し違え>だったらしい。

 言うまでもなく木村庄之助は、大相撲における行司の最高位である。腰の脇差は、差し違えたら切腹する、という覚悟を示すものであり、単なる飾りではない。

 かつて第34代木村庄之助から、こんな話を聞いたことがある。

「僕は場所が始まる前々日の金曜日に、日付の入っていない進退伺を書いていた。

 というのも、いつ差し違えになるかわからないし、自分の判定に自信があっても、間違いが起きないことはない。

 その時は、さっと日付を書いて審判部長に差し出し、一緒に理事長のところに謝りにいく。

 翌日、理事会で“庄之助にはふさわしくない”といって受理されたら、それで終わりです。その日のうちに退職金をもらい引退。僕はこの紙を折ってから軍配の箱の中にしまっていました」

 第39代庄之助も、取組み後、八角理事長のもとに出向き、口頭で進退伺を申し出たところ、「その必要はない」と慰留されたという。

 軍配の重みが「国技」を支えている。

初出=週刊漫画ゴラク6月12日発売号

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