【コラム】戦慄のコロンビア W杯射殺事件の闇【二宮清純 スポーツの嵐】

W杯の陰で起きていた悲惨な事件

 ブラジルの4回目の優勝で幕を閉じた1994年のサッカーW杯米国大会、優勝候補の一角に名を連ねていたのがコロンビアだ。

 南米予選で、あのディエゴ・マラドーナ擁するアルゼンチンを、敵地ブエノスアイレスで5対0と血祭りにあげ、一気に評価を高めた。

 攻撃の中心は93年に、2度目の南米年間最優秀選手賞に輝いた金髪アフロのバルデラマ。他にアスプリージャ、リンコン、バレンシアと前線には役者が揃っていた。

 しかし、結局は評判倒れに終わった。第1戦のルーマニア、第2戦の米国に連敗し、第3戦を待たずして早々とグループリーグ敗退が決まった。

 この大会、私はコロンビアを中心に取材したが、敗因はバルデラマの不振だった。彼は、まるで盆栽でもいじるかのように、趣味のパス回しに時間を費やすだけで、敵の急所を射抜く能力には欠けていた。赤い布で突進してくる牛をかわすことはできても、心臓をえぐる剣を持ち合わせてはいなかった。

 取材していて気になったのは、敗退が決まった直後のマツラナ監督のコメントである。

「もう、国には帰れない」

 そう言って、大のおとながホロホロと泣き出したのだ。

 いったい、国に帰ると、何が待っているというのか。

 その答えは、そう日を置かずして明らかになる。

 米国戦で先制点となるオウンゴールを献上したDFのアンドレス・エスコバルが、米国戦から10日後の7月2日深夜、メデジン市郊外のバーの駐車場で、射殺されてしまったのだ。

 犯人のウンベルト・カストロは発砲のたびに「オウンゴールをありがとう!」と叫びながら、12発もの銃弾を撃ち込んだという。もちろんエスコバルは即死だった。

 メデジン市はコロンビア北西部にある同国第2の都市で、“麻薬王”パブロ・エスコバル率いる「メデジン・カルテル」が本拠としていた。

 組織はコカインの密売で得た豊富な資金を背景に、統治機構を動かすほどの力を持っていた。

 またメデジンはスポーツ賭博の胴元となることで、麻薬資金を洗浄し、八百長にも関与していたと言われる。

 だが、カストロはメデジンの構成員ではなかった。後にメデジンの後継組織を率いるガジョン兄弟のボディガード兼運転手で、エスコバル殺害の動機については、今も明らかになっていない。

 そして今年2月、カストロにエスコバル殺害を命じたとされるガジョン・エナオがメキシコで射殺された。これにより事件は、迷宮入りした。

初出=週刊漫画ゴラク7月10日発売号

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