なぜ神奈川に英雄の足跡が?県内各地に残る日本武尊伝説の謎とは!【眠れなくなるほど面白い 図解 神奈川の話】

神奈川県に残る日本武尊伝説

県内各地に残る日本武尊の足跡

日本武尊(倭建命)は日本神話において、父・景行天皇の命令で東方の蝦夷を制圧するために旅をした英雄として知られます。当時、相模国と呼ばれていた神奈川県域には、日本武尊が東征の際に通過した、あるいは危機を切り抜けたという伝承地やゆかりの神社が多く残されています。

たとえば、茅ヶ崎市の腰掛神社には日本武尊が腰掛けて休憩したとされる石が残っており、神社名の由来となっています。また、綾瀬市の五社神社は日本武尊が地神五代(※)を祀ったのが始まりとされ、同社の境内にもある「腰掛石」は市の文化財に指定されています。

さらに横須賀市の走水神社は、日本武尊が房総半島へ渡る際に相模の海(走水)から船出した場所と伝わり、このとき海神の怒りを鎮めるため、妻の弟橘媛命が海中に身を投じたという悲劇的な伝承が残っています。

当時、相模国はヤマト王権が東国へ勢力を伸ばすための最前線であり、海路・陸路の要衝であったことが、多くの日本武尊伝承が残る背景にあります

それらの伝説が残る場所に神社が建てられ、日本武尊が「開拓の祖」や「守護神」として祀られたことで土地の信仰と王権の歴史が結びつき、現代まで語り継がれてきました。

なお、6〜7世紀頃にかけ、鎌倉を中心に勢力を持っていた古代豪族・鎌倉別は、日本武尊の息子・足鏡別王の子孫とされています。

地神五代…日本神話において、天上の神である天神七代に続き、神武天皇以前に日本を治めた5柱の神(天照大神、天忍穂耳尊、瓊瓊杵尊、彦火火出見尊、鸕鷀草葺不合尊)。

日本武尊の伝承が残る神社

五社神社(綾瀬市)

日本武尊が東征の際に地神五代を祀ったのが始まりと伝わる。

大沼神社(相模原市南区)

日本武尊が火攻めの災難を逃れた際、鎮の神として祀ったとの伝承がある。

橘樹神社(川崎市高津区)

海に身を投じた弟橘媛命の衣や冠が流れ着いた場所と伝わる。

深見神社(大和市)

日本武尊が船団を整えた「深見入江」があった地とされる。

寒田神社(松田町)

日本武尊が立ち寄ったとの伝説があり、境内には「腰掛石」が残る。

足柄神社(南足柄市)

日本武尊が足柄峠で射た白鹿の化身を祀ったのが始まりとされる。

吾妻神社(二宮町)

日本武尊が弟橘媛命を偲び「あづまはや」と嘆き、櫛を埋めて祀ったとされる。

走水神社(横須賀市)

海が荒れた際、弟橘媛命が身を投じて海神を鎮めた地とされる。

箱根神社(箱根町)

日本武尊が箱根山を越える際、箱根の神々の霊験によって難を逃れたとされる。


【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 神奈川の話』監修:神奈川県立歴史博物館 館長 望月一樹

【監修者紹介】
望月 一樹(もちづき・かずき)
神奈川県立歴史博物館館長。昭和36年(1961)横須賀生まれ、鎌倉育ち。駒澤大学文学部歴史学科を卒業後、神奈川県史資料の整理作業に携わり、昭和63年(1988)に川崎市市民ミュージアムの歴史担当の学芸員、その後学芸室長となる。平成29年(2017)に横浜にあるシルク博物館の学芸担当課長、平成30年(2018)からは神奈川県立歴史博物館の学芸部長に就任し、令和3年(2021)から現職。学生時代は日本古代史を研究していたが、学芸員になってからは江戸時代を中心に川崎をフィールドとして調査研究を行っている。共著に『博物館の仕事』(岩田書院)など。また「律令制下における橘樹郡の様相」(『史叢』95号)や「ペリー来航時における川崎沿岸地域の様相」(『川崎市文化財調査集録』54集)など論文も多数。

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 神奈川の話』
監修:神奈川県立歴史博物館 館長 望月一樹


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