【コラム】昭和のヒーロー・ガッツ石松死す【二宮清純 スポーツの嵐】

ありがとう! OK牧場!

 プロボクシングの元WBC世界ライト級王者で、5度の防衛に成功したガッツ石松(本名・鈴木有二)さんが、さる6月2日、肺炎のため都内の病院で死去した。76歳だった。

 ライト級(リミット135ポンド/61・23キロ)は、世界中の精鋭が集結する激戦区で、近代ボクシングにおいては、ヘビー級に次ぐ長い歴史を誇る。

 日本選手として、その名門階級を初めて制したのがガッツさん。1974年4月11日、東京・日大講堂でロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)にKO勝ちし、デビュー43戦目にして悲願を達成した。

 実はガッツさん、世界王者としてスポーツ紙の一面を飾る2年前の72年10月16日、一般紙の社会面をにぎわしていた。

 見出しは、こうだ。

<“三度笠チャンピオン”鈴木石松 路上で八人KO 弟のケンカに加勢して>(毎日新聞)

 当時のガッツさんは東洋ライト級王者。シマの合羽に三度笠がトレードマークだった。

 記事の一部を引く。

<鈴木は袋だたきにされている弟を見ると、左右のストレート、フックを連打。八人をあっさりノックアウト。それぞれの顔に八日間程度のケガをさせた。>

 生前、直接本人から事件の真相を聞いた。

「あれはね、乱闘というか、オレの弟が酔っぱらった連中にからまれたっていうから、助けに行っただけなんだよ」

 ――ならば正当防衛?

「それなのに、羽交い締めにされて手錠も掛けられ、暴力行為の現行犯で池袋警察に連行された。それで取り調べの時に“ボクサーはケンカしたらダメだろう”と言われたから、正当防衛を主張した上で、こう言ったの。

“オレは中学校の卒業証書以外に賞状をもらったのは、東洋ライト級王座の認定証だけだ。その認定証には『チャンピオンたる者は、いつ、どこで誰と戦っても負けてはならない』と書いてある”ってね」

 ――そうしたら?

「警察官は驚くというより呆れていたね。“少し頭を冷やせ”と言われて留置所に入ったよ。でも、正当防衛が認められて2日で釈放された。その後、あの文言は認定証から削られたみたいだね(笑)」

 おそらく今の時代、こうした事件を起こせば、ライセンスを剥奪され、即刻、追放だろう。昔を懐かしむわけではないが、昭和には昭和の良さがあったようにも思う。

 そうだよね、ガッツさん?きっとあの世で、こう答えてくれるはずだ。

「二宮さん、OK牧場!」

初出=週刊漫画ゴラク7月3日発売号

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