国際プロのエース。 ストロング小林さん死去【二宮清純 スポーツの嵐】

逆三角形の身体に憧れて
昨年の大みそかに膿肺のため81歳で亡くなったストロング小林(本名・小林省三)さんは、IWA世界ヘビー級王座を25回も防衛したことのある国際プロレスの看板レスラーだった。
身長187センチ、体重125キロ。筋骨隆々たる肉体を誇る、当時の日本人には珍しいパワーファイターだった。
生前、都下青梅市の自宅で何度か話を聞いた。
本人によると、「逆三角形の体に憧れたのが、プロレスラーになる、そもそものきっかけ」だったという。
「初めて本物のバーベルを握ったのは高校2年の時。横田基地の中に頼んで入れてもらって、鉄のひんやりとした感覚を味わった」
それが病みつきとなり、ジム通いが始まる。
「虎の顔のイレズミを腕に彫ってある軍人さんがやってきてバーベルをぐっと持ち上げるわけ。すると腕がブァーンと太くなって、同時に虎のイレズミの顔も膨らんでくるの。“これはスゴイ!”と思ったね。そんなものを見てしまったから、余計にこっちは太い腕や逆三角形に憧れてしまったんだ」
1966年、国際プロレスに入団。デビュー戦は覆面太郎という名のマスクマン。「日本人初の覆面レスラー」というフレコミだった。
「この覆面ってヤツは違和感があってやりづらかったね。覆面にロングタイツという悪役スタイル。吉原功社長のアイデアだったんだ」
そして、こんな裏話も。
「実はオレ、1974年3月19日のアントニオ猪木戦後に渡米した。フロリダで数試合戦ったんだけど、オレがここで試合をしていることがバレたらマズイ、ということになり覆面を被った。この時のリングネームはコリアン・アサシン。そう“韓国の暗殺者”だよ(笑)」
国際プロレスを退団してのアントニオ猪木との一騎打ちは、“昭和の巌流島の決闘”と呼ばれるほど世間の注目を浴びた。これに勝った猪木率いる新日本プロレスは一気に上昇気流に乗るのである。
第一線を退いた後、「今後の夢は?」と聞くと「2年くらいかけて世界中をサーキットし、ファンにお礼が言いたい」と語っていた。
「米国や欧州で活躍した選手はたくさんいるけど、オレはケニアのサッカー場で試合したこともあるんだ。寄港していた自衛隊の乗組員が駆け付け、三三七拍子の大応援。あれはうれしかったねぇ……」
古き良き時代のプロレスラーが、またひとり鬼籍に入った。合掌
(初出=週刊漫画ゴラク2022年1月28日発売号)
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