【横浜の歴史】空襲と米軍接収で遅れた復興を打開!横浜市六大事業から生まれた「みなとみらい21」【図解 神奈川の話】

六大事業計画と横浜みなとみらい21

戦後の復興が遅れた横浜

第二次世界大戦中、横浜市は合計29回もの空襲に見舞われ、特に昭和20年(1945)5月29日の「横浜大空襲」では、B29爆撃機約500機が飛来し、罹災者31万人以上という甚大な被害を受けました。

そして戦後、横浜の市街中心部は米軍により長期間にわたって接収されたため復興が遅延し、人口急増による都市問題にも直面。昭和40年(1965)、そうした状況を打開すべく、当時の飛鳥田一雄市長が発表したのが「横浜市六大事業」計画でした。

この計画の柱は「都市部強化事業」「金沢地先埋立事業」「港北ニュータウン建設事業」「高速道路網建設事業」「高速鉄道(地下鉄)建設事業」「ベイブリッジ建設事業」の6つ。

二分されていた市内中心部の関内・伊勢佐木町エリアと横浜駅周辺をつなぎ、国際的な機能を持つ新しい都心を造ることを目的に、三菱重工業横浜造船所(現・横浜製作所)や国鉄の貨物駅跡などの再開発が計画され、中心的事業であった都市部強化事業はのちに「みなとみらい21」へと発展しました。

みなとみらい21は、昭和58年(1983)に着工し、平成元年(1989)の「横浜博覧会(YES’89)」でのお披露目を経て、ランドマークタワーやパシフィコ横浜などが次々と開業。現在も横浜の中心的なビジネス街・観光地として成長し続けています。

複合型新都心「みなとみらい21」

「みなとみらい21」とは?

みなとみらい21は、横浜市の西区と中区にまたがる、横浜港に面した約1.86km²のウォーターフロント地区。横浜駅東口から桜木町駅、そして海辺の赤レンガ倉庫付近まで広がるエリアで、主に3つのエリアに分けられます。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 神奈川の話』監修:神奈川県立歴史博物館 館長 望月一樹

【監修者紹介】
望月 一樹(もちづき・かずき)
神奈川県立歴史博物館館長。昭和36年(1961)横須賀生まれ、鎌倉育ち。駒澤大学文学部歴史学科を卒業後、神奈川県史資料の整理作業に携わり、昭和63年(1988)に川崎市市民ミュージアムの歴史担当の学芸員、その後学芸室長となる。平成29年(2017)に横浜にあるシルク博物館の学芸担当課長、平成30年(2018)からは神奈川県立歴史博物館の学芸部長に就任し、令和3年(2021)から現職。学生時代は日本古代史を研究していたが、学芸員になってからは江戸時代を中心に川崎をフィールドとして調査研究を行っている。共著に『博物館の仕事』(岩田書院)など。また「律令制下における橘樹郡の様相」(『史叢』95号)や「ペリー来航時における川崎沿岸地域の様相」(『川崎市文化財調査集録』54集)など論文も多数。

【書誌情報】
『眠れなくなるほど面白い 図解 神奈川の話』
監修:神奈川県立歴史博物館 館長 望月一樹


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